自我の芽生えとでも言おうか、最初は4歳の時のことだ。家出した母を探しに父と、遠くの同じ在日の知人宅のある、岡山県まで行った時のことだ。 

 

 オンボロのボンネットバスに乗って、悪路の為に座席からずり落ちそうになるのを必死で堪えて行った所は、粗末な長屋の一室だった。それを遠くから近寄って行く途中に、ふと自分の置かれている立場が分かったような気がしたものである。まだ4歳だが、何か自分は他の人とは違う運命みたいなものを背負っているような気がしたのだった。

 その時の印象は、常に私の脳裏に残っていて、少しは記憶がおぼろげになりながらも、事あるごとに湧いてくる気?みたいなものでもある。

 

 その後24歳になって、結婚相手になるかもしれない潤の実家を訪ねた時の事であるが、やはり遠く、行ったことの無い、阪神電車の駅に着いた時の事だった。

 

 改札口を出ると、潤が佇んでいるのが見えた。着古したカーディガンを着て、悲しそうな顔をしていた。とても婚約者を待つ表情ではなかった。嬉しさも喜びも感じられない、むしろ絶望的な顔をしていた。

 同情も愛情の一つならば、私はその時点で潤に愛情を感じたのかも知れなかった。

 

 案の定、着いた家は、阪神間では少しばかり有名?らしい朝鮮人部落だった。その部落の中を歩くと、不思議な異空間をさまよっているみたいだった。そして、その異空間がまるで私を待っていたかのような気にさせた。

 

 潤は今でも「家を見ても断ろうとは思わなかったのか?」と、不思議そうに回顧するが、実は、その家が私に結婚を決意させたのだったが、彼には理解の外らしい。

 

 これらの事は私は、神から与えられた運命なのだと、思っている。

 そして、そのことはちっとも嫌じゃない。

 これらのことが有って、今の私がいる。

 神様は、ポーンと飛び跳ねるバネを私に与えてくれたと思っている。

 

 悔しさがバネになっている。