巨大な水槽を凝視していると、色とりどりの魚それぞれに、泳いだり群れたりするのに好みの空間があるのがわかってくる。あれと同じで、巨大な本屋の階層空間で、美しい女たちが遊泳する場所も、おおよそ決まっている。女性雑誌の通路は、立ち読みする若い女たちで、鈴なりにぎっしりだ。料理や手芸の通路をゆっくりと泳ぐのは、有閑の既婚女性だろう。時折り、文芸書の小説の棚の前にも、ちらほら回遊しにくる女がいる。けれど、いまぼくが立っている現代思想の棚の前を、美女が回遊するのは見たことがない。 

 

 

 ぼくは溜息をついて、見慣れたその書棚の並びに、新刊を探した。テクノロジー批評に取って代わられたせいで、「現代思想は死んだ」と囁かれることもある。しかし、例外的にドゥルーズの周辺だけは元気だ。彼の哲学の周縁から出てきた「環境管理型権力」は、今やプラットフォーマーを肥大化させる不可視の打ち出の小槌だ。ドゥルーズの時ならぬ回帰の証拠のように、大判の華やかなドゥルーズ入門書が出ている。絵本のような体裁で、表紙には不思議の国のアリスに似た少女が描かれている。ぼくはそれをすぐに棚に戻した。
 

 すると、いつのまにかぼくの背後に立っていた女が、棚の前へと進み出た。背の高いスレンダーな女で、二十代に見えた。肩の下まである長い黒髪が、不思議に青みがかっている。女は華やかなドゥルーズ入門書を手に取ると、棚を離れた。その空いた空間に吸い寄せられるように、ぼくは棚に近寄って、残っていた同じ本を手に取った。

 

 やはり、そうだった。いま絵本を買っていった女は、その表紙のアリス風の少女に、顔も服装も驚くほどそっくりだったのだ。ぼくがその本をとってレジに並んだとき、彼女は大型書店を出るところだった。駅の手前で彼女に追いつくと、ぼくは同じ電車に乗った。

 

 ぼくの立っている扉付近から彼女の顔はよく見えない。こっちを向いてくれないかなと思ったら、運良く乗客の降車で、彼女はぼくから見えやすい席へ座り直してくれた。彼女には美しさだけではなく、再会の久しさがすぎて識別できない人のような既視感があった。

 

 ……飯田橋の次の駅で彼女が降りたので、ぼくも降りた。どこかで声をかけてカフェに誘おうと思っていると、彼女が不意に立ち止まって、髪を揺らしてぼくの方を振り向いた。

 

「ごめんなさい。珈琲は飲まないの。この近くの別の場所へ一緒に行きましょうよ」

 

 鮮やかに心を見抜かれたぼくは、驚きのあまり足が竦んだ。彼女が歩み寄ってきた。

 

「もうすぐ東京ドームで宇宙儀式が始まるわ。あなたの次元上昇が間に合って良かった」

 

「ぼくは遊牧民的に平滑空間を脱領土化するタイプの男なんですが…」

 

 美女は肩を震わせてくすくすと笑った。長い髪が揺れて、青みがかった色がうねった。

 

「何を言っているの。あなたの潜在意識は今日の宇宙儀式のすべてを知っているんですよ。あなたも呼ばれているから、ここまで私についてきたんじゃない。お久しぶりね。何百年ぶりかしら。ちゃんとチケットを買ってきてくれて、ありがとう」

 

 そう言って微笑むと、美女はぼくが提げている袋から、ドゥルーズの絵本めいた入門書を取り出して示した。ぼくは微かな眩暈を感じた。その表紙のアリス風の少女は、目の前の美女とは、顔も服装も、似ても似つかなかったのだ。

 

 

 

 

 

(芥川龍之介「寒山拾得」との競作(40字×35行)。この短さでも、著名人と出逢って「巻き込まれること(アンガージュマン・微笑)」は可能)