どうして男っていう生き物は、ああまで若い女の子が好きなのだろう。ああいう「女性は若ければ若いほどいい」っていう欲求は、自分はもう疾うの昔に卒業したつもりだ。 



(↑サラダバーが「新駄馬」に聞こえる幻聴について、など↑)

その証拠に、お気に入りのサラダバサラダバーへ行ったときだって、どんな少女の名前が頭をよぎっても、「卒業の響き」しか感じないんだぜ。
 


今こそワカメを
いざサラダへ

 

 

ほらね。

だから今朝のぼくも全然別のことを考えていた。湯舟に浸かりながら、卒業すべきものを卒業しても、課題をどんなにクリアしても、どうして先へ行けニャイのだろう?という具合に、ぬくぬくの思案猫になって、考えごとをしていたのだった。

「行けニャイ」とニャンコスター風の語尾にしたからには、話題が行くのは「ケニア」かもしれないな。

ケニアでは、電気や道路のインフラ整備よりも先に、携帯電話の普及率が100%になった。スマホ会社のWide Area Network(WAN)上を舞台にした社会的企業が盛んらしい。
 


例えばiHub。

人々のネットワークのハブになりつつ、個人のできること(I have)を増やしていくかのようなネーミングが秀逸だ。

スマホとWANを活用すれば、銀行網がなくても、送金や預金やローンなどの(ムハマド・ユヌスで有名な)ノーベル平和賞級のマイクロファイナンスが可能なのだ。

 


急に頭の中でコンビニの入店音楽が鳴った。誰かがぼくの脳内に入ってきたらしかった。

 


……。

 


何も喋ってくれないけど、誰かがぼくの脳内でくつろいでいるのがわかる。せめて自己紹介ぐらいして欲しいんだけどな。

ところで、音楽が脳に直接働きかける影響力は、私たちが想定しているよりずっと強い。2003年の処女ブログで「ドゥルーズの環境管理型権力の実例として、マクドナルドの椅子の固さを挙げるのは、よく考えるとあまり適切でないですよね」と書いたような記憶がある。

相変わらず、ぼくの宇宙はノリが良いようだ。昨晩「それにしても、どうしてだか自分の創見は、あとで学術的な裏付けを得られることが多いんだな、これが。『多入力・多出力をしていると、世界との同期性が高まる』仮説を掲げておきたい気分だ。『こっちへ来いよ!(満面の笑顔で)』」と書いた通りの展開だ。今晩も、少しの検索でぼくと同じ考えの論文が、ニューロ・マーケティングの論文としてはかなりの頻度で引用されているのを発見できたのだ。


(画像拝借元:https://www.acrwebsite.org/search/view-conference-proceedings.aspx?Id=11116

クレアー・コールドウェルらによる上の論文では、レストランのBGMをアップテンポにすると売り上げが減り、スローテンポにすると滞在時間が長くなって売り上げが増えることが統計的に有意であることが示されている。別の論文で、スーパーマーケットに舞台を変えて同じ実験をしたら、売り上げが38%も伸びたらしい。

マクドナルドの椅子の固さが不変であるのに対して、音楽のテンポの選択は可変的だ。店内の混雑状況によって変えられるし、時間帯や顧客層によっても変えられる。環境管理型権力の実例としてはこちらの方が好適だろう。

実際、店舗のPOS集計などで得たデータに基づいて、時間帯別の年齢分布に合わせて、BGMを可変的に設定しているショップも少なくないという。

 


ソコが大事! ソコをよく考えなさい!
 

 

脳内で女の子の声がした。何だよ急に。せっかく格好良く「現代思想」通を気取っていたのに。

 


謎の少女: 「今更に何をか思はむうちなびきこころは君によりにしものを」 

ぼく: ん? 今度は万葉集?「もう物思いなんてしないニャン。あなたに心がすっかりなびいているもん」。女性が男性に返した恋の和歌だね。このハッピーエンドに至る前に、きっと女性のハートに命中した歌があったんだろうな。 

謎の少女: 私は19歳のフリーター。育った二世帯住宅が厭で、「大人になっタラ、自活ヲ」と思って生きてきたの。今は都内のワンルームマンションを借り上げているわ。でも、もう全部厭になっちゃった。お願い、もう私を刈り上げないで!

 
(画像拝借元:https://bokete.jp/odai/679082

ぼく: 今の口ぶりからすると、きみは、まさか、タラちゃんの姉でカツオくんの妹のワカメちゃん? 

ワカメ: 半分あたりで、半分はよくある間違い。

 

 正確には、サザエさんとカツオ兄ちゃんの妹で、タラちゃんは私の甥よ。

ぼく: そうだった。昔、サザエさんの二次創作を書こうとして下調べをしたのをすっかり忘れちゃっていた。

 

 

 実は、波平さんは進駐軍の下請けをやっていた過去がある。そこから起ち上がる戦後の「永続敗戦論」的な裏面史を、英語の参考書の形で書けないかと夢想していたんだ。その名も『SAZAEnglish』!

 探したけれど『SAZAEnglish』は見つからなかったので、同じ着想をハスミ調で書いた戯言を、代わりに引用しておこう。

 

 


そこでは、波平が福岡で進駐軍関係の仕事をしていたに違いないことが濃厚に示唆され、ああ、そうか、最後に残ったあの1本の髪の毛はあれを媒介に米軍からのスパイ指令が届いてくるのか、と想像がつけば、波平が最後のあの1本をきわめて大事にしようとする職業的忠誠心もわかろうというもの。ただし、サザエさんが24才で弟のカツオが11才であるという不自然な年齢の開き以上に、戦後進駐軍に仕えたはずの波平がいつまでたっても54才でありつづけるおかしさに勘が働くことが重要で、いやいや、おかしさで言えば、この一家が永遠に若返りつづけていることの不自然さを、一家の登場人物たちが決して内面化しえないことの方が大問題だと言い直すことができれば、批評眼あり。そこに、例えばある文芸評論家が「ガラスの温室」に例えたようなCIA発の日本洗脳計画のほとんど直叙とでもいうべき象徴的布置があるのは間違いなく、試しに濁点を抜いて読んだ「ササエさん」は当然この国を支えて下さった無数の先人たちを象徴しているわけだし、本来いたはずのタラちゃんの妹ヒトデちゃんが抹消されているのは、世界的に互助能力の低い「ヒトデなし」の国を創らんとするCIAの陰謀であると戯れに断言してもかまわず、ササエるヒトデのいなくなりつつ少子高齢化のこの国の行く末が、やはり涙を誘うのだと早々と結論付けても一向にかまわないだろう。ただし、それがどんな物語であれ、やはり書きつけておきたい私流の希望的ハッピーエンドはあるもので、おそらくサザエさんの二次創作小説の主人公はイクラちゃんで、自分達の世界から消えてしまったヒトデちゃんがヒロインで、彼女と異次元交流できてしまった挙句、自分達の世界が無限ループの「ガラスの温室」であると悟ったイクラちゃんが、最後に「は~い」に少しも似ていない独立心旺盛な「No」を呟くところで、その小説は終わるような気もするのだが、そこへ行くまでの物語展開が複雑すぎてどのように考えてもわからず、言い換えれば「いくら」考えてもわからない。

 


ワカメ: …何だか私まで懐かしくなってきちゃった。先生が関係詞の単元の重要項目を使って、サザエさんの不倫がきっかけで私が不良少女になる場面を書いてくれたのを思い出すわ。 

 先生ったら冷たいのね。あの7年前から、家出した私のことを完全に放ったらかしにするなんて。
 

(「書を捨てよ、街へ出よう」と「家出」を説いた寺山修司にも、サザエんさんを二次創作したエッセイがある) 

ぼく: 待って、待って。サザエさんが不倫する設定にしたのは本当だけど、きみが不良少女になって制服のスカートを長くしたのには、別の理由があったよね?


 (画像拝借元:https://www.amazon.co.jp/B-CLUB-%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%90%E3%83%B3%E5%88%91%E4%BA%8BIII-%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%BF%8D%E6%B3%95%E5%B8%96%E4%BC%9D%E5%A5%87-%E9%BA%BB%E5%AE%AE%E3%82%B5%E3%82%AD-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%A2/dp/B079M51GY5

ワカメ: 酷いわ! 酷い、酷い! 7年も放ったらかしにした挙げ句、私のデリケートな精神的外傷に土足で踏み込むなんて! 今も小学生の頃の私は、全国民に毎週下着を見られているのよ!



(上の「ムーミン水着着用問題」と並んで、子供向けアニメの「二大ハレンチ問題」だと思う)

ぼく: 待って。取り乱さずに、落ち着いて。ぼくだって冷静に傍観していたわけじゃないんだ。

 

 ワカメちゃんひとりならともかく、クラスの女の子全員が同じような超ミニスカ姿なのを見たときは、ドキドキが止まらなかった。(嗚呼、しかも学級委員の女の子まで!)。明らかにこれは事件だと思ったんだ。

 いつか、ぼくが「魔法のプロット」をひねり出して、何とかしてワカメちゃんたちの悲しい過去を明るい色に塗り替えてあげるから、お願いだから、落ち着いて。

 例えば、こんなのはどうだろう。

 ワカメちゃんたちが、アフリカで服に困っている人のために、自分たちのスカートを少しずつ切り取って、密かにコラージュのカラフルなワンピースを作っていた、とか。 



(画像拝借元:https://minne.com/items/8563292
 
ぼく: クラス担任の先生が、作家の伊佐坂難物先生の親友で、「ミニスカートが流行すれば好景気」理論を信じていたので、ワカメちゃんのクラスで実践したら、何と日本の高度成長が始まった! それが伊佐坂先生原作で連続ドラマになった!とか。 

 


ワカメ: 先生、ありがとう。いろいろと考えてくれただけで、とても嬉しいわ。

 今の私は、こことは全然別の場所にいて、意識だけ先生の脳内に飛ばしているの。私の姿は見えないでしょう? 家出した19才の私が、小学生時代の精神的外傷を見事に克服して、いまどんなに綺麗になったか、最後に想像してほしくて、コンタクトしたの。

ぼく: 「最後」? 19歳なら、これからもますます綺麗になるよ。

ワカメ: がっかりだわ。先生はイイ人だけど、結局、少女心が何もわからない人。教えてほしかったの。下着の洗い方は知っているけれど、傷ついた乙女心はどうやって洗えばよかったの? ゲーテが亡くなるときの最後の言葉は「もっと光を」だった……。

ぼく: ワカメちゃん、ワカメちゃん! 気をしっかり持って、変な気を起こしたら絶対に駄目だよ!

ワカメ: 「もっと… もっと… 裾丈を!」

ぼく: ワカメちゃーーーん!

ワカメ: ごめんなさい、先生。私、莫迦なことしちゃった。取り返しのつかない莫迦なことを。ほら、ここがおかしいくらい熱くなって、首の頸動脈がドクドクいっているわ……。でも、ワカメはもうどうなってもいいの。しばらく指で押さえておけば、どうってことないよね。

 

 

今こそワカメは
いざさらば 

 

 

ぼく: やめて、その悲しすぎるソプラノは! やめて、お願いだから! 行くよ、いますぐきみを助けに行くから!  
 

ぼくにはワカメちゃんの住所がピンと来ていた。サザエさん家のある桜新町のすぐそば、「わかめスープ」の冷めない地点で、彼女はひとり暮らしをしているのにちがいない。 

 

 
実家周辺のマンションの1Fの一室から、廊下に血が浸み出しているのが見えた。ぼくはオートロックの扉を突き破って、ワカメちゃんのワンルームマンションへ駆け込んだ。 


(画像拝借元:https://www.soko-kenya.com/products


けれど、結論から言うと、ワカメちゃんはピンピンとしていて、おまけに黒髪おかっぱをやめて、見違えるほど綺麗になっていたのだ。

そして、驚いたことに、事件と言えるようなものは、ほぼそれだけだった。

廊下に流れていたのは、舞台用の血糊。ぼくが念のため、ワカメちゃんが手で隠している頸動脈を見せてと頼むと、彼女はこう言った。
 


ワカメ: もう頸動脈の話は忘れて。もういいの。先生が走って飛んできてくれただけで、とても嬉しい。こうでもしなきゃ、先生はすぐにワカメのことをほったらかしにするでしょう? 

ぼく: 自殺じゃないっていうのは、うすうす気付いてはいたんだ。でも万一のことがあったらいけないから。 

ワカメ: あら、「うすうす気付いていた」? 先生の得意の展開が始まる気配ね。

 

ぼく:  その通り。ここで読者にク i ズです。
 


Q: ぼくはワカメちゃんが隠している(自殺ではない)頸動脈の秘密に、どの地点で「うすうす」気がついたでしょう?

ヒントは「二人の会話の中に答えが隠れている」です。

A: ワカメが万葉集の和歌を引用して、その和歌以前にワカメに命中した和歌があったことを想像させた時点で。
 

ぼく: 謎々の答えを導出する方程式は、「和歌」+「命中」=「ワカメ」+「チュー」だったというわけだ。

ワカメ: そうなのよ。新しくできた彼が独占欲がやけに強くて、私の首にキスマークをつけたがって困っているの。もう別れた方がいいかな。
 


ぼくは全身の力が抜けて、ヘナヘナと床に座り込んでしまった。ワカメちゃんは、頸動脈のあたりのキスマークを、まだ羞かしそうに手で隠している。



そのとき、脳内へ来たワカメちゃんが最初に言った台詞が、急に蘇ってきた。

 

 

ソコが大事。ソコをよく考えなさい!

 

 

待ってよ、ワカメちゃん。ぼくは心の中で呟くしかなかった。見違えるほどすっかり綺麗な淑女になったワカメちゃんには、直接言いづらかったのだ。心の中で絶叫するしかなかった。

大事なポイントを外しているのはワカメちゃんの方だよ! 鏡でソコをよく見て! 確かに裾丈は長くなったけど、問題はまだ解決していないヨ!

けれど、レディの羞恥心を刺激するのは大人の男のやることじゃない。ぼくは鋼鉄のハートで雑念をかき消して、意識高い系の台詞をすらすらと喋った。

 

 
ぼく: ソコをよく考えると、いま着ているのは SOKO のワンピースだよね。ナチュラルで大胆、リラックス感があって通気性が良さそうなのが、ケニア発の服の特徴なのかな。

 何より、フェアな貿易体制と生み出している雇用が、現地の人々に笑顔をもたらしているところに、エシカル消費向けの素敵さがあるね。



ワカメ: さすがは先生。物知りで頭が良いのに、優しくてキュート。先生のことを好きにならない女子がいたら、どうかしてるわ。ト、ワカメがはしゃいだ声で褒めちぎる。

 …あ、ごめんなさい。「ト」から後はト書きだったのね。いま渡されたばかりだから、間違えちゃった。

ぼく: 気にしなくてイイよ。トから後で間違えたと言うことは、トから前は本トだったと言うことだね。はっはっはっ。こんなマジカルなロジックでも全然気にならないな。ここは台本通り言い切っちゃおうか。

 そんなに褒められちゃうと、こっちまで思はず照れちゃうよ!
 

 

と言った後で、自分の言った「思はず」の部分に違和感を感じた。「思はず?」

次の瞬間、ぼくの口からすらすらと出たのは、この三十一文字だった。

 

 
ぼく: 「思はぬに妹が笑ひを夢に見て心のうちに燃えつつそをる」

ワカメ: 先生にも相聞歌が命中しているみたいね。「思いがけず、恋しい女性の笑顔を夢に見て以来、心がいっそう燃えている」
 

 

ワカメは玄関にある一輪挿しの薔薇を、綺麗な指先でつまみあげた。


(画像拝借元:https://theflorist.co.uk/freshnews/977-which-rose-is-best
 


ワカメ: もっと燃えなさい。自分を燃え上がらせる呪文を、自分にかけるのよ、さあ!

ぼく:「Heat me!」 

ワカメ: さすがは勘がいいわね。いつまでも「少年の瞳」でいれば、信じ切った瞬間に世界が変わるわ。 

ぼく: 少年の瞳で、信じ切った瞬間? ぼくは… もう信じ切っている。 
 

 

心の中でそう呟いた瞬間、強い風が吹き乱れて、玄関の扉が風で開け放たれた。

 


きみだと信じた瞬間に
強い風が吹き乱れた

 

 

ビューッ。すぐに、ワカメちゃんの手にあった薔薇を強風が奪って、部屋の外へと巻き上げた。

 


ワカメ: 先生、早く追いかけて! あのケニアの薔薇は、日本にほとんど入ってこない生命力の強い薔薇なの! 追いかけて!
 

ぼく: うん、そうすぅ… 
 

 

言い切ろうとした台詞をうまく言い切れないまま、ぼくが駆け出すと、必死に薔薇を追いかけるぼくの身体は、いつのまにかプロフィール画像のような仔犬になっていた。

 



薔薇は風にあおられ、巻かれながら、どんどん街並みを越えていった。ぼくは舌を出して肩で息をしながら、必死に追いかけた。薔薇はどこへ飛んでいくのだろう? それも、ぼくはうすうすわかっているような気がしていた。

昔こんな会話を交わしたことがあったのだ。

 


琴里: ひょっとして、あの女の子のこと? 先生がアフロ犬になって、お散歩コースで偶然を装って逢いたがっている…

(…)

ぼく: メールではああ書いたけど、本当は無理な気がしてるんだ。どの町のどの道か、全然わからないから、どこへ行けばいいかわからない。

 

(↑「23区」が答えだった↑)

やがて空飛ぶ薔薇は、23区内の高級住宅街の一角にぽとりと落ちた。

また飛んでいくのではないかと思って、ぼくはしばらくじっと路上の一輪の薔薇を見つめていた。ぴくりとも動かなくなったことがわかったので、口にくわえて坂道を登り始めた。



てくてく歩いて、瀟洒な花屋さんの前まで来たとき、ぼくは誰かから背後から呼び止められた。
 

 

女の子: 広尾うとしている? 拾うんじゃないのよ。さあ、その薔薇をちょうだい。どうしたの、そんな表情をして? もともとあるべき場所に、あるべきものが戻るだけよ。 
 

 

声をかけてきたのは、お散歩中の可愛らしい女性だった。ぼくはこの花屋さんのある場所が広尾だということを知った。

 


女の子: その薔薇は、さっきのつむじ風で店先から飛んだ薔薇でしょう?
 

 

ぼくは薔薇をくわえたまま、ぶんぶんと首を横に振った。

 


女の子: 言葉がわかるみたい。賢い仔犬ね。
 

 

ぼくは精一杯あごを上げて、ケニアの野生味のある色鮮やかな薔薇を、彼女へ差し出そうとした。
 


女の子: え? その薔薇を私にくれるの? じゃあ、お返しに何かご褒美を上げるわ。先に何が欲しいかを教えて。
 

 

ぼくは視界が潤んでくるのを感じた。どうすれば贈る薔薇の意味を、恋する彼女に伝えられるのだろう。

知らなかった。言葉と言葉を通じ合わせられないことが、こんなにもつらくて淋しいことだなんて。

たとえ広いエリアのあっちとこっちにいて、遠く離れ離れでも、二人をつなぐネットワークさえあれば、そのネットワーク上で、電話したり、写真を見せ合ったり、お仕事の企画を考えたり、「一生のお願い」の受発注をしたりできるのに。
 


女の子: 何が欲しい?
 

 

ぼくは薔薇をくわえたまま、万感の思いを込めて、涙目でこう答えた。

 


ぼく: WAN! 
 

 

すると、どうしたことだろう。テレパシーでぼくの恋心が通じたようなのだ。

彼女が仔犬のぼくを抱き上げようとするかのように、しゃがんだ姿勢で、ぼくに両腕を伸ばしてきた!

そして、奇跡のような言葉を囁いてくれた。 

 

 

 

女の子: 広尾うとしている? 拾うんじゃないのよ。さあ、その薔薇をちょうだい。どうしたの、そんな表情をして? もともとあるべき場所に、あるべきものが戻るだけよ。