ころじろうさんがコメントを寄せて下さいました。ありがとうございます。

それで、客観的にみて、私自身が疑問とすることがちょっとずれていると気が付きました。

 

ころじろうさんは「女性が物理を苦手としていると思われる理由」を分析してくださり、世間の人がそう考えるそもそもの根拠は、女性が高校時代にあまり物理を選ばないことが実態としてあって、その理由は物理現象に触れ合う機会が薄いし、積み上げる科目なので直感的に理解しにくいからではないかというふうにおっしゃっています。(原文をお読みください)

つまり、能力の問題ではないとおっしゃっているように思われました。女性を蔑視しているわけではないということが伝わってきてありがたく感じました。

 

今回そのコメントをよく読んだおかげで、私がお聞きしたいと思った真の理由はブログで書いたことではなかったと気づいたのです。

 

私達物理専攻の女性が就職などで不利になるのは、世間の人が女性は物理の才能が男性より不足していると勘違いしているせいだと感じていたのです。しかし、こうじろうさんの指摘で、物理を専攻する女性が少数だから女性は物理を苦手だとされていることがはっきりしました。

生物や化学ではなく、物理を選んだ女性は決して物理は苦手ではないのです。公平な試験に合格し大学で勉強した私たちは物理を苦手とはしていないということが証明されており、それを世間の人に理解してもらう必要があるとわかりました。

物理学会などですら女性の能力を疑う人がいます。自分と同じような試験を受けて合格したという事実を知っていてもそう思うのだからイメージを変えることは難しいというのか、根が深い問題です。

 

私事で申し訳ありませんが、大学院を卒業した後一般企業に就職した時のエピソードを紹介します。

ある先輩男性社員から、「僕は君を尊敬するよ。僕が院浪して受けた院入試に君が合格したからね。僕は2回受けたのに君は1回で合格した。ほんとにすごいと認めるけどちょっと恨めしいよ。」と言われました。それを横で聞いていた同期の女性が今でも何度もそれを女子会で言います。しつこい。嫌味か。変人だと言いたいらしい。

私はその時先輩に返す言葉がありませんでした。事実、私は院入試1回めで合格した数少ない外部受験合格者だと入学後に知り、講座の先輩にも言われ、先生にも言われました。でも、それは私が女性だったから珍しがられただけで他にも数人の一発合格者はいたのです。(外部受験とは別の大学から受験することで、内部受験のほうが有利だと言われていますが当時も結構いました。)

私からすれば、不合格者より深く多く勉強しただけでしょ。アルバイトもせず、合コンも行かず、貧乏学生のまま花の時代を物理勉強に没頭したのだから当たり前のことだと言いたかったのですが、これ以上何か言われたくないので黙っていました。

 

そんなことで、私達のような女性物理専攻者は物理は苦手ではありません。好きでやっているのです。面白いから選んだのです。

 

これからは、世間一般の人数の割合と一人の人間の能力の割合を同一視するのが間違っていると訴えればいいと気づきました。

こうじろうさん、ありがとうございます!非常に有益なコメントでした。今後ともよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、女性が理系に弱い、特に物理が苦手だと世間の人が考える根拠は何ですか?

数学の方は理科よりは得意だと考えられているようですね。何故?

 

逆に文系の才能はあると思われているらしいのですが、なぜですかね。

 

和服や洋服を作るのは女性の仕事だったのですが、空間的理解力が必要だし、組み立て順序を間違えると完成しないし、体に合わせるために計算も必要なわけで、十分に論理的思考力はあると思いますよ。うまく作るために細かなところに気が付くのも物理には向いていると思います。

服ぐらい何も考えないで作れるのでしょうか。

 

抽象的な思考力が弱いというなら数学だけは女性の先生が多いのも合点がいかないです。

 

ただ、夫を見ていると、子供が泣こうが私がぜんそくで苦しもうが、仕事と自分の食事しか気にしないで仕事に専念できる、ということが真似できないところですね。これはできない。無理。女性には絶対できないんじゃないかな。

 

目に入ってしまうし、感情が勝ってしまう。

 

だから女はダメなんだと私の父なら言うでしょうね。

 

女性は物理が苦手だと思っている人(男女問わず)に質問です。どうしてそう思うのか教えてください。

 

 

 

 

 

 

新聞の影響・・・笑える

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我が家では、私と夫の話が噛み合わないため当たり障りのない日常会話しかできないのですが、その理由がわかりました。

子供のころから読んでいた新聞の違いだったのです。

 

私は富山県出身で北日本新聞を高校まで読み、大学の寮では部屋の先輩の選択で朝日新聞を読み、静岡に来てからは毎日新聞を読み、飽きっぽいので時々日本経済新聞や静岡新聞を数年おきに読み、数年前から東京新聞を読んでいます。

 

夫は大学時代まで実家で過ごしていたわけですが、産経新聞をずっと読んでいたと先日初めて聞きました。

産経新聞って何?というくらい。一度も読んだことがないのですが、経営上の理由から右派の記事を書くようになったらしいですね。

 

結婚してからは私と同じですが、成人するまで読んでいた産経新聞の影響が大きいため話が噛み合わないのだとようやくわかった次第です。

完全に右派の産経新聞を読んできた夫地方の細かい状況ばかりが掲載される地方紙を読んで育った私とでは話が噛み合わないのも無理からぬ話です。

 

ずっと「都会のネズミと田舎のネズミ」のように噛み合わない会話であきらめてはいましたが原因が分かっただけでもすっきりしました。

笑えるほどです。

 

それにしても新聞によってこうも違いがあり、毎日読むわけだから影響が大きいことを知ると、定期購読が主になっている日本の新聞制度は怖いです。スイスでは道端に新聞販売機があったような気がします。その都度違う新聞も買えるわけで、面倒だと思っていましたが、そちらのほうが選択の自由が大きく、正しい在り方のような気がします。

 

やあ、怖い怖い。メディアの影響は怖いなあ。

自民党の総裁選挙が近い。

安倍さんは三選目指して自信満々のようです。支持率がジワリと回復していますからね。

でも、実態は他の人の名前が思いつかないから安倍政権支持をしているわけで、他に適当な人がいれば誰でもよいと思っているのです。

 

だから、特段、岸田さんで不安に思わなければ総裁選で「普通に」選ばれると思いますよ。

だって、安倍総理の、あのふてぶてしくてちゃらんぽらんな答弁にはいい加減飽き飽きしていると思います、地方の支持者はね。

ただ、自分で胸に手を当てて考えてみて、女性問題に不安があるならやめたほうが良い。

女性はそこをよく見ています。政策がどうかはわかりにくいけど、女性問題は明らかだから判断基準になりやすい。

 

口だけの政治よりも行動する政治家を望んでいると思うので、少しは実績のある岸田さんが良いと思います。

 

因みに私は先日「立憲民主党のパートナー」に登録しました。

支持者ではなく、サポーターでもなく、パートナーだから登録してみました。

意見を言い合えるという立場、その考え方がいいと思ったからです。

 

 

 

新聞の投稿は楽しいです

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私は時々新聞に投稿します。

東京新聞の「発言」には5回位採用されました。

客観性を持たせた場合に採用されることが多いです。

字数に限りがあるので推敲にかなりの時間をかけます。

テレビの俳句番組を見て言葉の受け取り方を勉強したり、新聞記事を熟読して自分なりの意見をまとめると新しい世界の解釈や発見があったり、楽しいです。

私の周りの人は、その場の思い付きで私の意見を簡単に否定する人ばかりでつまらないけれど、新聞社に投稿すると真面目に読んでくれるのでやりがいがあります。

 

それから、採用されると図書カードが貰え、「一仕事したなあ」という気になります。

 

このブログを書くたびに文章を練ってきたので表現力はついてきたと思います。努力は無駄にならないという思いです。

 

皆さんも一度投稿してください。

採用されなくても、一般人がどう考えているかを直接伝えられて、下手なアンケートより記者さんたちに影響すると思って私は書いています。

 

 

 

 

 

 

フィットネスはいいね!

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娘に勧められて厭々フィットネスジムに通い始めてようやく八か月。

体幹の筋肉不足で悪かった姿勢が少しだけ改善してきました。

 

気のせいか、血の巡りが良くなり、頭の回転もよくなってきて、問題がスラスラ解けるようになりました。

 

計算ミスも少なくなり、老眼のせいにしていたミスがほとんどなくなりました。

 

運動ができる子は頭もいいとよく言われましたが私は信じていませんでした。でも、そうかもしれないと思い始めました。

血行が良くなるということが肝心かなめだったのです。

 

ダンスは音楽と振りとの総合的な動きなのでボケ防止にも良いと思われます。

また、筋肉トレーニングは苦しいですが達成感があります。鏡を見ては筋肉の量を確認してにこにこしています。

 

若い人も老人もぜひお試しください。

 

政治家を選ぶ有権者の責任

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安倍政権が続くほうが外交には有利だからと支持を続ける人たちが多いようだが、時の政権に有利なことを書き自分も権力の一端にいたいというジャーナリスト(例えば時事通信のTのような)のいうことに言いくるめられていると私は思います。

日本国内が乱れていては本末転倒ではないでしょうか。

 

何度も当選すると権力を利用しやすくなるらしく、有権者もその政治家に「陳情」して仕事を回してもらえるらしいですね。

私の町内会で自治会館が古くなり耐震性に問題があると言って「市」が建て替えを指導してきましたが、いざ建て替えるとなると建設費がなく計画に問題があると言って、計画を認めないという事態になり、市に補助金を申請しましたが認められなかったのです。その時、地元の建設会社の社長が知り合いの自民党市議会議員のつてで自民党事務所に町内会の数名を連れて「お願いに」行くとすんなりと補助金が出ることになりました。元のお金は市の税金であるのに市民が直接お願いしても却下され、自民党が言うとすぐに通るというのは納得できないです。優先順位を判断するのは「耐震性」という問題だと思うのですが、政治がそこに入ってくるのです。

次の市議会選挙で自民党が有利になることと市の判断がリンクしている実例です。

建設会社が自民党とリンクして仕事を回してもらってきたことを垣間見たことでもあるわけです。

 

じゃあ、政治家は何をするべきなのか。今の政治家は上のようなことを本業にしているのでしょう。税金から仕事をもらわない私達には縁遠い存在で、企業家のために働いているのでしょう。雇用のための法律を変えようというのも労働者のためではなく企業経営者のためなのです。

 

ですから、元文科大臣や財務大臣などがセクハラに理解が足りないのも選挙の票につながらないので勉強する気がないのでしょうね。地元の群馬県や福岡県の有権者はそういう人を選んでいるという自覚はあるのでしょうか。仕事をたくさん回してもらっているのでしょうね。

人物評価で選んでいるのではなさそうです。観る眼がないということなのか。自分の地元だけが良ければそれでよいということなのか、全国の人に迷惑をかけても知ったことではないということなのか。

安倍さんも総理大臣の仕事は国民のためだとは思ってないようで、口では「司令塔となって」拉致問題を解決し、手寧な説明をご納得いただけるように行い、行政の長として責任を果たしてくれるそうですが「巧言令色すくなし仁」の見本のような人物です。

山口県には人を観る眼がない人ばかりなのか、それとも加計学園並みの優遇措置を受けて発展を遂げていて、「悔しかったら総理大臣を出してみよ」とでもいいたいのか。

幕末の力関係が今も続いていて、いつまでたっても福島(会津)、福井(越前)、新潟(上杉)はひどい目に合うのか。と原発の多さから思ってしまいます。

 

私の上司(福岡県出身)の口癖は「私たちは血を流して勝ち取った」というのですが、戦争でなければ力は勝ち取れないそうで、血を流していない人は何も言う権利がないと言いたげです。女が男に勝てないのも血を流して勝ち取っていないからだそうで、ヨーロッパの女性は血を流して権利を勝ち取ったと何度聞かされたことか。

私たち女性は力こそ使っていませんが毎月血を流し、死に物狂いで子供を産んでいるのですがそれはどおってことないことなのでしょうね。(時々、首を絞めてやろうかと上司の顔を見ています。思っているだけですよ。私は上司ほど愚か者ではありませんから。)

 

いつまでも男尊女卑を繰り返し、男系男子しか天皇になれない制度を守り、「おっぱい触りたい」は単なる言葉遊びで目くじら立てることではないと言い、それを伝統文化だと大切に守っていく国に住んでいるのですね。

 

前にも言ったかもしれないのですが、子供が減っているのは女性の血亡き戦いだと思っています。男性に馬鹿にされず、男性に頼らないで生きていくためには現実世界で戦っていくしかなく、子供を産むことをやめ自立するのが自然な流れで理性的な判断だと思いますよ。

日本が滅亡するのは自然の流れ、その前に天皇の子孫がいなくなり法律を発布できなくなるかもしれないけど、どちらが早いかなあ。

 

とにかく、それも有権者が選んだ道だから、民主的な選択だと申し上げておきたい。(誰かの口癖、笑)

では。

「大相撲」で土俵に上がるのを男性に限っているのは「しきたり」とか「伝統だから」とか言っているので一言。

一言でいえば伝統もしきたりも誰かが言い始めたことで神様が決めたことでもなく、昔からそうなっていたわけでもない。

 

なぜそう断言するかというと、昔の体験です。

私は大学4年生の時に母校の高校で教育実習をしました。運動会がその時期にあり、教育実習生が担当クラスの手伝いをすることになっていました。

運動会の後、打ち上げがあり各クラスでお菓子をつまみ、ジュースを飲んでいました。すると、ある生徒が「そろそろ始めるぞ」と言って応援に使った旗や鳴り物を手に廊下を行列し歩き始めたのです。

私は不思議に思い、リーダーの生徒に何をするのかと聞くと、「伝統の行列じゃないですか」と答えたのです。

「伝統」?・・・私が在籍していたころにはそんなことはやったことがなかったので昔からいる先生に伺ってみたところ「2,3年前から始まった」とおっしゃいました。

始まったきっかけはわからないということで、3年間で入れ替わる「学校」というところでは先輩がそうしているのを見ると伝統行事だと信じてしまうのだと発見したわけです。

ちょっと面白いと思いませんか。

 

朝鮮半島で唐辛子入りの料理が伝統食だと言われますがその歴史は古くないと聞いたことがあり、イタリアでトマト料理が多いのも同様だそうです。

ただ、イタリアでは「古典」と「伝統」ははっきりと区別していると「NHK旅するイタリア語」で知りました。古典的な料理にトマトは入っていなくて、伝統r的な料理には入っている。古典というのは昔からその価値が優れていると万人が認めるもので、伝統とは受け継がれてきたもの。日本では古典芸能と伝統芸能を想像してください。多分、その違いだと思います。

 

どちらにしても人が始めたことだと思うのに「女性が上ると神様が怒るから。。。」という風にいうとみんな納得してしまうんだ・・・と笑ってしまいます。

「苦しい時の『神』頼み」は心理的にわからないでもないですし、人を助ける方便として神を持ち出すのは許せるけれど、それによって人類の半分の「女性」を不愉快にし続ける「伝統」って、あってはいけないと思います。

伝統もしきたりも神様も人間の思考回路が生み出したもので、うまく使うのは良いけれど振り回されてしまうのは情けないと思います。

 

「神様」よりも尊いのは助けようと土俵に上がる「人間」のほうで、今回神様が助けてくれましたか?人間の善意を信じるほうが正しいと思います。

 

女性を土俵に上げないと言い出した人に本当は何がしたかったのか聞いてみたいものです。

 

相撲を興行として行うために「神様」が必要だったのかもしれない。剣道や柔道はお金を取って見せるほうには進まなかったことと関係があるかもしれないです。

物理の勉強方法

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物理ができないと言って相談され、体験授業を受けてもらったときに感じることは、思考過程が逆の人が多いということ。

 

例として、磁界の公式を覚えた直後に簡単な問題を解くとできる…公式そのものの理解はできている…ところがちょっと応用が入った例題をやろうとするとできない。だから解らないと思ってしまう。そういう人は問題を公式に合わせようとしている場合が多いです。そこが逆だなあと思います。

まず、問題の意図する状況を想像して理解する。その状況のどの部分に公式が当てはまるのか考える。(ほとんどの場合は)公式以外の知識を使ったり、工夫をすると解ける・・・それが正しいやり方です。ところが、できない人は、(公式だけでは解決できないのに)公式だけで解こうとしてしまっているのです。

自分の知識を問題の中に広げていくのではなく問題を自分の知識に合わせて狭めていこうとする。そこが逆だと思うのです。


おそらく、そういう思考の人は数学も苦手なのではないかと思います。公式や定理は最低限の知識であって、それ以上に必要なのは問題の意図を理解すること。まずは理解し、想像力を働かせて探っていくとそこに公式が必要になってきて、公式が使えると次に進んで行ける。公式は解法のごく一部でしかなく、それまでに蓄えた知識や思考力すべてを動員しなければ解けないのです。

まずは相手を理解し素直に流れを受け止めようとする。その次に自分の考えを入れていく。すると解決方法が見つかる。

問題が解けないのはまだ問題作成した相手の言おうとすることが十分理解できていないからだと思います。物理も数学も同じだと思います。
参考にしてください。