Amanojackのブログ 脳脊髄液減少症も。 -8ページ目

Amanojackのブログ 脳脊髄液減少症も。

日常生活で思った事を中心に、出来るだけ色々な角度からのアプローチを心がけて、その瞬間に感じてる事を率直に書いていこうと思います。
脳脊髄液減少症との闘い&皆さんに知って頂きたい。
少しでも多くの方の目に止まり、何か感じて貰えれば嬉しいです。


①の続き。

初めての心療内科。イメージは決して良く無かった。しかし、病院の中に入ってみると以外と普通。むしろとても清潔感があり、妙に落ち着く空間だった。

そして診察室に入り、医師に経緯を説明。そこで出た診断は「抑うつ、パニック障害の疑い」

なんじゃそれ⁉︎なんて思いつつ、処方箋を受け取り、とりあえず通院を続けてみる事にした。

そして、もう一つ。心療内科の医師からは出来るなら1度休職をすべき。との言葉を受け取っていた。私は一旦その言葉は胸にしまっておく事にした。

その2日後あたりだったであろうか、店舗に営業部長が来て、店長と話しをしていた(①の上司=店長)。良く有る事なので、別段気にする事は無かったのだが、部長が帰った後、店長呼ばれて2人で話す事に。

なんとなく、どんな話しをするかは見当がついていた。店長からは「無理してるやろ?」との言葉。そして立て続けに「まだ若いんやし、1度しっかり身体を治して、そこから再スタート切る方が良いんじゃ無いか?」

私は用意していた言葉「実は心療内科で…」全てを伝えた。

一通りの引き継ぎ事項を伝え、翌日から治療に専念する事に。

心療内科の診断はパニック障害からPTSDへと移行して行った。そして心療内科での投薬と並行して、医師の勧めでカウンセラーによるEMDRという治療も進めて行った。

痛みの方はと言うと、こちらもなかなか前に進まず、整形外科の他に鍼灸や整体なども試しながら、試行錯誤をしていた。

数ヶ月、カウンセラーの指導の元、EMDRに取り組んではみたものの、カウンセラーとの相性がどうにも良くなく停滞気味で、保険適応外の治療費は、同時に通っていた、同じく保険適応外の鍼灸の治療費と共に大きな負担となっていた。

その頃、心療内科の医師から「脳脊髄液減少症」の存在について教えて頂く。私はもちろん飛びつき、早速治療を行っている病院へ連絡。

ここが今の私にとっては大きなターニングポイントでした。

初診で経緯を話し、数週間後に検査入院をする事に。H25年の10月の事です。

検査の結果は「脳脊髄液減少症」

事前にこの病気について調べていた私としては、これまでの苦しみの原因がはっきりした事での嬉しさと、これから闘う病気への不安とで、非常に複雑なものでした。

と、ここから生食パッチやったり、ブラッドパッチやったりで今に至る訳です。

今回は2回目のブラッドパッチへ向けての検査。

なので近々またブラッドパッチでの入院は内定してるみたいなもんなんですけどね。

とりあえず今日はこの辺にしておきます。

Amanojack雷
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