毎日、息子の無邪気な笑顔に癒され、この無邪気な笑顔を守っていかなきゃ!と、意気込んだりする訳です。
しかしよくよく考えてみれば、私自身、今年に入って何度無邪気に笑った事があるでしょう?私ももちろん子供だった時期が有る訳で、どこでこの無邪気さを無くしたんだろうか?そもそも、無邪気に笑うってどうゆう事?とか、理屈で考えてしまいます。
人は時を重ねるに連れて、様々な知識を得ていき、『笑う』事に対しても必要性、重要性を理解していき、意図的に笑顔を作り出す事をする様になっていきます。
なんか、寂しい話ですね。
でも大人になると、無邪気だけでは生きて行けない訳で、大人の無邪気は『空気読まない』だとか、場合によっちゃ他人を傷つける、不快な思いをさせる事になりかねない。
要はバランスなんでしょうけど、あまのじゃくな私は、なんか大人の社会は窮屈だなぁ。とか考えてみたりします。
なんせ子供の笑顔はすごく輝いていて、周りの人まで幸せにする。(今時は例外もある様ですが)この輝きが、大人になるに連れてくすんでいってる様に感じて仕方がない。
言葉では上手く表現出来ないんだけど、全部ぶっ飛ばして無理やりシメに持って行こうとすると、人間にとって、幸せな生き方ってなんなんだろ?って事にします。
シメとか言っときながらまだ書きますが、因みに私は幸せに定義は無くて、それぞれがそれぞれの価値観に基づき決める事だと考えている人です。
まぁ、知恵や知識こそ人間が人間たる根底だとは理解してるつもりなんですが、『笑顔』が人間関係を良好に保つ為で有ったり、ビジネスにおいては更に顕著に、ツールとしての役割を持ってるってのを、認めたくないけど認めざるを得ない、複雑な気持ちになってしまいました。
こんな内容になる予定じゃ無かった気もしますが、これ以上考えると更に寂しくなりそうなので以上とします。
Amanojack
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