年賀状 | アマノジャックな世界

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和の国日本では、年の瀬のイベントは、飽きもせず毎年繰り返されている。



それは、町内の餅ツキだったり、近所の大手コーヒーメーカーの蔵出し市だったり、全国的に発表される清水寺の今年の一文字や流行語大賞だったりもする。



もっと大衆的な実生活レベルにすると、テレヴィジョンの年末年始号の発売や各家庭の大掃除だったり、仕事納めの茶話会(忘年会ともいうが・・・)、お歳暮の受け渡しそして年賀状である。



特にお歳暮や年賀状という慣習は、もう会社内の上司部下の中ではまったく希薄な存在になってきているのは明らかである。



何を隠そう、僕が初就職した時点(約15年前)でさえ、僕らは上司にお歳暮を送ったことがないし、年賀状も向こうから住所などを聞かれたから、慌てて聞き返したみたいなレベルであった。



あー今思い出したが、晩年お歳暮かお中元を贈ったことあるなー、でも今の会社は一度もないわ。



僕も和を重んじる日本国民の血を大いに受け継いでいるため、この様な慣習が廃れいくことに関しては、いささか寂しさを感じている。



特に昔は、よくサザエさんとかのコマに出てくるが、本人または奥さんが実際宅までお伺いして、「今年は本当にお世話になりました、来年もどうかよろしくお願いします」とお互い頭を下げあいご挨拶をしている。



そこで、このわずらわしさを金で解消しようと、各デパート、百貨店がこぞって、配布先をデータ化し、いくつか注文して頂ければ送料無料で代わりに運びますと宣伝してビジネスにしてきたわけだ。



それはそれで、ビジネスにした経緯は素晴らしく敬意を払うが、それによって機械化し荒廃した感謝のしるしの気持ちは、もはや意味を為さない年末恒例のやっつけ仕事的なものになりつつある。



年賀状もそうだ。実際あて先も手書きで書いてくる人はホントに希少だし、ひどいものは裏面さえもただただ写真やデザインの印刷だけでコメント一つも書いてないのも多々あるわけだ。



まあそれでも出さないよりは、大いにましなのだが・・・。




僕は年賀状は大好きである。



基本的に手紙を書くのが大好きである。



だかrあ、絶対に手書きであて先を書くし、コメントも書きすぎなくらい書く。



よってかなり時間がかかる。



だからたいがい正月に届かない。



でも許してくれ。



それぞれちゃんとひとりひとり思い描いて書いているから。