海音です✢

 

新しいことを始めようとするときって、ちょっと怖くなる。

 

「私にできるかな」

「やっぱりやめといたほうがいいかな」

 

今でも普通に思う。


「やってみたい」と思う気持ちと
「やっぱり怖い」と思う気持ちは
どっちも本当なんだよね。

だから「怖くない自分」になろうとしなくてもいいのかもしれない。

怖いままでも、一歩は踏み出せる。

でも途中でやっぱり違うと思ったら、戻ったっていい。

道は一本じゃないし、
一度歩き出したからって、
最後まで行かなきゃいけないわけでもない。


一度歩いてみたからこそ、
「この道じゃなかった」と気づけることだってある。

私は最近、そんなふうに思うようになりました。

そしてこれって不登校の子どもにも、

同じことが言えるんじゃないかなと思っています。

 

回復してくると、親はどうしても焦る。

 

「少し元気になったんだから、次はこれができるんじゃない?」

「せっかく始めたんだから、できれば続けてほしい」

 

そんなふうに、いつの間にか「次」を見てしまう。

 

でも子どもが勇気を出して踏み出した一歩って、

必ずしもそのまま続くとは限らない。

 

やってみたけどやっぱり怖かった。

 

行ってみたけど疲れてしまった。

 

頑張ってみたけどうまくいかなかった。

 

そして、また戻る。

 

親から見たら「失敗」に見えることもある。

 

でも、本当にそうなのかなはてなマークはてなマーク

 

怖かったのに、一度でもやってみた。

それだけでものすごいことなんじゃないかな。

 

だって「やってみたい」と思っても
怖くて動けないことなんて、大人にもいっぱいある。

 

まして長いあいだ心が疲れていた子なら、なおさらだと思う。

 

だから私は結果だけを見て
「できた」「できなかった」と
決めなくていいんじゃないかなと思う。

 

「やってみた」ということ自体が、もう成功体験なんだって電球星

 

途中でやめてもいい。

戻ってもいい。

またやりたくなったら、そのときにもう一度やればいい。

 

一歩進んで、
二歩戻ったように見えても、その子の中には、
「一度やってみた」という経験がちゃんと残っている。

 

それは次の一歩を踏み出すときの大切な足場になるのかもしれない。

 

だから親が見るのは、「うまくいったか」じゃなくて、

「怖いのに、やってみたか」なのかもしれない。

 

そう思えると子どもの「できなかった」が少し違って見えてくる。

 

そしてたぶん、私たち大人も同じ。

 

怖いけど、やってみる。

やっぱり違ったら戻る。

またやりたくなったら、やってみる。

 

子どもにも、自分にも。

 

道は一本じゃないし、

うまくいかなかったら別の道へ。


行ったり戻ったりでいいのかもしれない。

 

バレエバレエ