浜松城の歴史◆家康が住んだ城「出世城」です。
浜松城の歴史 🏯浜松城は、浜松市のシンボルであると同時に、徳川家康が天下統一への土台を築いた城として全国的にも有名です。家康は29歳から45歳までの17年間を浜松城で過ごし、その間に多くの重要な戦いを経験しました。(浜松市公式ウェブサイト)① 浜松城の始まりは「引間城(ひくまじょう)」浜松城の前身は、室町時代に築かれた引間城です。当時は今川氏の支配下にあり、飯尾氏が城主を務めていました。1568年、徳川家康が遠江へ進出して引間城を手に入れます。(浜松市公式ウェブサイト)② 徳川家康が浜松城を築く(1570年)1570年(元亀元年)、家康は岡崎城から本拠を移し、引間城を大改修して**「浜松城」**と名付けました。その理由は、 武田信玄に備えるため 遠江・駿河を支配する拠点とするため 東海道を押さえるためでした。現在の天守付近を中心とした大規模な城へ造り替えられ、「家康が新しく築いた城」ともいわれます。(浜松市公式ウェブサイト)③ 三方ヶ原の戦い1572年、武田信玄との三方ヶ原の戦いが起こります。家康は浜松城から出陣しましたが、大敗しました。有名な逸話として、命からがら浜松城へ戻った家康は、自分の戒めのために恐怖にゆがんだ表情を描かせた**「しかみ像」**を残したと伝えられています。この敗北を糧にして力を蓄え、のちに天下人への道を歩むことになります。(浜松ナビ)④ 家康は17年間を浜松城で過ごした浜松城で過ごした17年間には、 姉川の戦い 三方ヶ原の戦い 長篠の戦い 高天神城攻略 小牧・長久手の戦いなど、日本史を動かす重要な出来事が続きました。この時代が、江戸幕府を開く家康の土台となりました。(浜松ナビ)⑤ 「出世城」と呼ばれる理由1586年に家康が駿府へ移ったあと、浜松城には代々の譜代大名が入りました。歴代城主の中には、幕府の最高幹部である老中などへ昇進した人が多く、「出世城」と呼ばれるようになりました。代表的な城主には、天保の改革で知られる水野忠邦がいます。(浜松市公式ウェブサイト)⑥ 明治時代に廃城明治維新後の1872~1873年に、城の建物は払い下げられ、天守をはじめとする建物は失われました。その後、城跡は公園として整備され、市民の憩いの場となりました。(浜松市公式ウェブサイト)⑦ 現在の浜松城現在の天守は**1958年(昭和33年)**に鉄筋コンクリートで復興されたものです。また、発掘調査の成果をもとに天守門も復元され、戦国時代や江戸時代の姿が少しずつよみがえっています。(浜松市公式ウェブサイト)野面積み(のづらづみ)の石垣浜松城の大きな特徴は、野面積みという古い工法の石垣です。自然の石をほとんど加工せずに積み上げる方法で、450年以上たった今でも美しい姿を残しています。この石垣は浜松城を代表する見どころの一つです。(浜松市公式ウェブサイト)浜松城年表 年 出来事 室町時代 引間城が築かれる 1568年 徳川家康が引間城を占領 1570年 浜松城へ改築・改名 1572年 三方ヶ原の戦い 1586年 家康が駿府へ移る 江戸時代 譜代大名の居城となり「出世城」と呼ばれる 1872~73年 廃城・建物撤去 1958年 現在の天守を復興 近年 発掘調査に基づき天守門を復元 (浜松市公式ウェブサイト) 🌸 浜松城の魅力浜松城は「家康が住んだ城」というだけではありません。若き家康が敗北や試練を乗り越え、天下統一への力を養った場所であり、その後は多くの城主が幕府の要職へ昇進したことから、「出世城」として今も多くの人に親しまれています。浜松市民にとっては、歴史と自然が調和した、誇りある名城の一つです。🏯✨