カタセテロジュマン -60ページ目

銀座

そして、5丁目、ルパン。

ルパン!

銀座ルパン


銀巴里

ここに銀巴里があった。

銀座7丁目。

もう、歌声は響かない。

銀巴里



Salut

さるさる言ってたら去るSalut、メールが届いた。

どうやらカタセテロジュマン、ぼちぼち、お役御免の気配濃厚。

代々木か葉山に居候する?

未練たらたら後ろ髪引かれて立ち去りがたし六本木。

馬手をそっと

馬手をソっと

めておリっと

メテオリット

Les Météorites

Bon voyage.

S.O.S.

見ざる言わざる聞かざる着飾る。

save our souls

save our ship

うそばっかり。

それじゃ、こんなのはどう?

So,Observe the Sabbath.

神さまがいるなら出てきてくださる?


   

       極東のロドリゲスより



さるさる言わないでくださる?

si,tu as raison

言い訳がましいようですが、そう、前にも書いたけど、私がここやそこやあちこちに書き残すのは、頭の中にしまっておけないことや、しまっておく必要のないことを垂れ流しているのです。

記憶するよりも、記録しておくほうがより確かな材料になると思われることを、ここそこへと放りこんでいるのです。

材料になるやもしれないとは申せ、広義の意味では、いらない、もの。

私は常々何度も申し上げますが、吝嗇ですので、自分の大事なものを誰かにとられるなんてまっぴらご免こうむるロックです。だから、思いついたことや、言いたいことを、書くという手段をとってここやそこやあちこちにばら撒いているもののうち、どなたかの何かのお役に立つのものがあるなら、どうぞいくらでも使ってやってください、という気持ちのものしか、自分の内から出しはしません。無断転載どころか、どんどん自分のものであるかのように使っちゃってください。って、使えるものが万が一にでもあれば、の話ですよ。私が言ったり書いたりしてることなんざ、高が知れてて、既に先達の手になるものや、同時代でもどこか他のどなたさまかが、もっと素敵に魅力的に表現なさっていますから、ここに、私の指から放たれるものに、なんら独自性や創造性など、皆無寿限無五劫の擦切れです。

ただのごちゃごちゃのオモチャのかんづめ天国曖昧三昧。

一喜一憂朝令暮改の文句たれのほうが、まだ、気合が入っていたかもしれませんね。

いずれにせよ、ここやそこやあちこちで、こうしてそうして、記録にまぎれて憤怒鬱憤を晴らし、そして気力を萎えさせるのです。何も考えないように、制御するのです。そうでないと、私は記憶力についても吝嗇ですから、何もかも全てまるっとエヴリシング江不利満氏、執念深く覚えていて、恨み骨髄にまで達してしまう記憶の数々が死屍累々とたまってしまうこと請け合いなのです。とっておいていつか使おうなどと思うものはたいてい使わずに終わるもの。それなら、フリマーにでも出して人の好さそうな客をつかまえて、うまいことだまくらかして叩き売ってしまうか、廃品回収にてリサイクルしてもらえるものなら幸甚なることこの上なし。

ケチくさく脳内に取り置きしてるものだって、二束三文、使えそうなものなんてありゃしない。ただ、未練がましく独り占めしたい思いなだけ。誰かに話してもわかってもらえないに決まってる。それどころか、非難轟轟批判集中、極悪非道の人非人扱いされるのが関の山。

それに何より私は秘密主義だから、おいしいものと大事なものは秘密裏に隠匿して独り占めするのがだ~いすき。気前よく見える人ほど、実は宝物を隠し持っていたりするものです、とは負け惜しみの強がり。

要するに、

si,si,tu as raison,toujours,bien sur.

投了です。

オルガン

安物だから、壊れても修理する意味もないから、

それでもあなたが大事にしてくれた、

粗末なオルガンはもう鳴らない。

こわしてしまったのは私。

ごめんね。

でも、もう、弾く人もいないから。

ここにおいておく必要も理由もないから。

背景画像

背景の画像を、自分で撮った写真に変えました。今日、六本木から撮影。カタセテロジュマンin六本木。

写真素材 さま、

今日までありがとうございました<m(__)m>

またお世話になることもあると思いますので、その節はよろしくお願いします。

変更→写真素材[フォトライブラリー]さま

誕生日

毎日は誰かの誕生日

今日はしょうやんの誕生日

だったような記憶

曖昧三昧

今日

祖父の命日。

幼稚園に迎えにきた母の自転車の後ろに乗っかり、祖父と祖母のアパートへ向った。

自宅の隣の町。

自分の父親が死んだというのに意外としっかりしてるものだと母を見て思っていた。

小さなアパート。

静かでおとなしかった印象しかない祖父は動かない人型の塊だった。

看護婦さん(当時はそう言ってたの)みたいな感じの人に脚をもちあげられ尻を拭われた。

何してるの?

幼い私は無神経に尋ねた。

糞尿が出てこないようにしてる、と返答されたような記憶があるけれど、定かではない。

ふーん、ウンチでてきちゃうのかな、と思った。

ぜんぜん知らない人に、赤ちゃんがオムツかえるみたいなことされちゃうんだな。

死んじゃうと恥ずかしいな。

無知は罪。

そんな不埒なことを思っていた。

部屋には5、6人の人がいたと思うが、誰だったかは思い出せない。父や姉がいた印象はない。誰かがすすりないていた、などどいう記憶もない。

自分の父親が死んだとき、母は言った。

おばあちゃん(私の立場に合わせて表現)が死んだときはそうでもなかったけど、おじいちゃんが死んだときは悲しかったぁ・・・・・・。

そうなんだ。あのとき、それほど悲しそうに見えなかったけど、実際はそうだったんだ。父が死んだとき、さほど涙もでなかった私は、母もそうだったし、などと自分勝手に納得していたのに。

無知はやはり罪。

ママ、ごめんね。私たちがまだ幼くて守ってやらなきゃいけない小さい命だから、そんなこと、あまり感じさせないように接してくれてたんだよね。ごめんね。ありがとう。

祖父と過ごした時間はそれほどたくさんない私は、だから、大切な人を亡くした、という気持ちがわかなかったのかもしれない。あるいは、年寄りだから死ぬのは順番で自然なことだって思っていたのかもしれない。

11月。七五三のお祝いは、ちゃんとしてもらって、写真も撮った。

親の弔い、娘の祝い。

初めて死んだ人間を見た日。

meromero

メロたちの名前、こんなんだったのね。

我が家のメロリン、女の子になれたかな(*^。^*)


mero