今日
祖父の命日。
幼稚園に迎えにきた母の自転車の後ろに乗っかり、祖父と祖母のアパートへ向った。
自宅の隣の町。
自分の父親が死んだというのに意外としっかりしてるものだと母を見て思っていた。
小さなアパート。
静かでおとなしかった印象しかない祖父は動かない人型の塊だった。
看護婦さん(当時はそう言ってたの)みたいな感じの人に脚をもちあげられ尻を拭われた。
何してるの?
幼い私は無神経に尋ねた。
糞尿が出てこないようにしてる、と返答されたような記憶があるけれど、定かではない。
ふーん、ウンチでてきちゃうのかな、と思った。
ぜんぜん知らない人に、赤ちゃんがオムツかえるみたいなことされちゃうんだな。
死んじゃうと恥ずかしいな。
無知は罪。
そんな不埒なことを思っていた。
部屋には5、6人の人がいたと思うが、誰だったかは思い出せない。父や姉がいた印象はない。誰かがすすりないていた、などどいう記憶もない。
自分の父親が死んだとき、母は言った。
おばあちゃん(私の立場に合わせて表現)が死んだときはそうでもなかったけど、おじいちゃんが死んだときは悲しかったぁ・・・・・・。
そうなんだ。あのとき、それほど悲しそうに見えなかったけど、実際はそうだったんだ。父が死んだとき、さほど涙もでなかった私は、母もそうだったし、などと自分勝手に納得していたのに。
無知はやはり罪。
ママ、ごめんね。私たちがまだ幼くて守ってやらなきゃいけない小さい命だから、そんなこと、あまり感じさせないように接してくれてたんだよね。ごめんね。ありがとう。
祖父と過ごした時間はそれほどたくさんない私は、だから、大切な人を亡くした、という気持ちがわかなかったのかもしれない。あるいは、年寄りだから死ぬのは順番で自然なことだって思っていたのかもしれない。
11月。七五三のお祝いは、ちゃんとしてもらって、写真も撮った。
親の弔い、娘の祝い。
初めて死んだ人間を見た日。