第57回摩阿陀会開催 | カタセテロジュマン

第57回摩阿陀会開催

嘘である。

しかしながら、本当でもある。

今夜私は一人、我が敬愛する百閒先生の誕生日をお祝いする。

百閒先生は、俳人として無論正岡子規を賞賛していたが、それ以上に漱石先生の句が好きであると、百鬼園の随筆だか俳句帖だかに記されていたと記憶している。

同様に私も漱石先生を文人として勿論尊敬しているが、しかしそれ以上に百閒先生の文言が好きである。

摩阿陀会の殆どの皆様はもう既に百閒先生の成仏を充分に念じ、そればかりかご自身の成仏をも身近の係累縁者から念じられ、今夜はまた別の集いを催されていることだろう。

昨日奇しくも琴の宴を堪能し、四谷界隈を眺めたことは図らずも感無量であった。

私には成仏を念じてくれる後進の徒を抱えるなど有りも得ぬことであるが、せめて、百閒先生より一歳でも長生きをし、今生の土産話を以ってしてあの世での拝眉の光栄に預かり、ご恩に報いたい。

ただし、百閒先生が、その後の昭和平成の様々な出来事を喜んでお聞きくださるや否やということについて是というのは甚だ疑わしい。

矢張り、にこりともせず、への字の口元を変えずに、

「イヤナモノハイヤダ、何故イヤカト言ヘバ、気ガ進マナイカライヤダ、何故気ガ進マナイカト言フト、イヤダカラデアル」

とぷいと横を向かれてしまいそうな予感がまた楽しみでもある。


と、本日、第57回摩阿陀会を百閒先生猿真似口調にて、独り開会の挨拶とす。


こんにゃくの日。実に、記憶しやすい日に生まれてくだされし奉仕の精神に感服。