誰かの今日
- 尾崎 紅葉
- 金色夜叉
いつも、今日の日になると、思い出していた。
「貫一は力無げに宮の手を執れり。宮は涙に汚れたる男の顔をいと懇(ねんごろ)に拭(ぬぐ)ひたり。
「吁(ああ)、宮(みい)さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」
青空文庫前編第八章終盤
カンイチ、って読んじゃいやよ、カンイツさん♪
ほら、唯一:ユイイツとか、同一:ドウイツとか、二者択一:ニシャタクイツとか言うじゃない?
一昔ほど前から、加えて、人の予知できない死を思うようになった。
阪神淡路大震災。明日は晴れるといいな、と思ったはずのどこかの誰かの明日は地上になかった。
それから数ヶ月、行ってきますと家をでた地下鉄通勤の誰かにあたたかい夕餉はなかった。
毎日誰かに特別な今日。