カタセテロジュマン
昔、カタセテロジュマンは、メゾンドクラクラという別称も持って、海沿いの田舎の町の171番地にありました。
そこには私とnicoとまだ名前を変える前の三崎が一緒に暮らしていて、時々はケンカもしたけど、それぞれの仕事や役割をこなし、そこそこ幸せに暮らしていました。
ある日私は恋をしました。といっても相手は異性ではなく、ある魅力的な仕事。そして、その魅力の価値を確認するために、海辺の町から遠く離れたある場所へ旅行をしました。それから、三人一緒の暮らしをすてて、一人で仕事をする場所を東京に作りました。
海辺の町に残った二人ではうまく行きませんでした。nicoは自由な時間がないと怒ってばかり、三崎は生活の分担を無視して出かけたり遊んだり、気ままにし放題。
私はこのままではいけないと思い、もう一度三人が一緒に暮らせる場所を代々木に作りました。いったんは再開した共同生活でしたが、既に心は離れ離れ、それぞれが、それぞれの思いを譲れませんでした。
私はここと代々木を行ったり来たりするつもりでいましたが、nicoは家を出ました。一人で自由にしたいことの出来る場所が、彼女には必要でした。三崎はひとり、留守番がてらの居残りとなりました。
暫くの間、私はとてもしつこい酷い頭痛に悩まされていました。この町の空気がどうしても好きになれず、できればあの海沿いの田舎町へ戻りたい、けれど戻ることも出来ず、そしてあちらこちら彷徨を続け、とうとう昨日、すっかり疲れ果て、気がついたのは,、何の用事も関係もない池袋の町でした。
帰ろう。ロジュマンか、ハイツへ。もう、これ以上はどこを探しても、静かな気持ちでゆっくり眠れるところは、この町にはないんだ。それなら、少しでも馴染のあるところへ帰ろう。
仕事はここで、そして、夜、或いは週末はハイツへ帰って三崎の相手をしてやろう。あの子だって、本当は甘えて眠りたいにきまってる。一番年下なんだから、しかたがない。nicoは今は一人にしておいても大丈夫、したいことがあるらしいから、それに熱中すればいい。
もう暫くの間、私と三崎は東京で、もう少しだけ暮らしています。長くても、そう、あと、半年。
先にもどったnicoは、やはり、私たちの中では一番毅然と賢かったのかもしれないね。