代価 | カタセテロジュマン

代価

「どちらから行きますか?」

「・・・お任せします」

「うーん、じゃあ、ある程度まで行ったら、私の好きなように行かせてもらえますか?」

「はい、お願いします」

「ある程度のとこまで行ったら、メーター止めますから」

「いいえ、そんなことしていただかなくて結構です」


タクシーに乗るのは、タクシーというのは、私の代わりに運転して私を目的地へ運んでもらう仕事をしてくれるプロフフェッショナルだと思っているから。

歩きたくない、自分で運転したくない、そのときに、タクシーに乗る。

行き先までの道順を尋ねられ、任せると応えるのは、

運転者を運転のプロと認めているからであり、他人はどうか知らぬが、最も安価な(短時間・短距離)な道順をその人がどれだけ熟知しているかなどと試しているわけではない。

ましてや、タクシー料金を「マケ」させようなどとは微塵にも思っていない。

そんな100円や200円のはした金ケチったおかげで、悪路を選ばれ、おまけに必要以上の速度でも出され、発句二の句挙句の果てに、事故でも起こされ、起こされるだけならまだしも、怪我でもしようものなら、とてもじゃないけど間尺に合わないというものだ。


その道で食べているその明確な職業意識があるのなら、相場として設けられた代金に相応な労力を提供し交換すればよいだけのこと。

あなたに乗せてもらってるわけじゃない。

私がお金をあげてるわけじゃない。

形の違うものを、barterで取引できないものを、貨幣という共通の交換価値として定めた方法にて、渡し、そして受け取る。

やることをやる。

払うものを支払う。

それだけのことだ。

俺様の自信と腕と誇りにかけて、タクシー料金ぴったりの価値の道順と所要時間で行け。行ってもみない初めから、「ある程度のところ」以上の料金は取らないなどと及び腰なこというくらいなら、プロドライバーなんてやめちまえ。

それともあたしが余りに貧乏そうで、おまけしてやりたいって思ってくれたんなら、余計な心配してくれなくてもお前の世話になんぞ、生涯ならないから、安心しな。