2月某日、名古屋市美術館で開催されていた「永青文庫 日本画の名品」という展覧会に行って来ました。「永青文庫」とは旧熊本藩主・細川家に伝わった文化財を保存、研究、公開している美術館です。第二次世界大戦後、細川家の名品が散逸する事を危惧した16代当主・細川護立(もりたつ)によって「財団法人 永青文庫」が設立され、現在ではおよそ9万4千点の作品を所蔵しています。
 
 
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 今回の展覧会では細川護立が集めた近代の日本画と江戸時代の禅画が60点近く展示されていました。前期と後期で展示が入れ替わる作品があったので両方とも行ってきました(上の写真でチケットが2枚あるのはそのためです)。個人的には後期の展示の方が好みの作品が多く、最終日に滑り込みで訪れたので機会を逃さなくてよかったとほっとしました(笑)
 
 
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 美術館の入口では菱田春草作『黒き猫』の横断幕がありました。この作品はパンフレットにも使われています。今回の記事では私の印象に残った近代の日本画のみを前期と後期の展示に分けてご紹介したいと思います。
 
 
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『落葉』 1909年
 
菱田春草(ひしだしゅんそう)作
 
(一枚目が右隻、二枚目が左隻)
 
 
 菱田春草の代表作である六曲一双の屏風です。1909年、第3回文展で最高賞を受賞し、現在では重要文化財に指定されています。春草は岡倉天心が校長を務めた東京美術学校で横山大観、下村寒山と共に学び、従来の日本画に欠かせなかった輪郭線を廃した「無線描法」を試みた画家としても有名です。当時、この技法は「朦朧体(もうろうたい)」と揶揄されましたが、日本画に近代化と革新をもたらし大きな影響を与えたとされています。
 
 春草は網膜炎の治療のために東京の代々木に移り住み、半年ほど絵を描く事ができませんでした。静養中、散策していた自宅付近の雑木林がこの作品のモチーフになっているそうです。右隻には緑のスギの若木、左隻にはトチノキが若木が描かれ、地面には落葉が散っています。奥にある木々が淡くぼかされ、奥行きのある画面構成になっており、右隻の枝と左隻の地面に配置された小鳥がアクセントになっています。
 
 私は実際にこの作品を見た時、こんなにも美しい落葉はこれまで見た事がないと思いました。この画像では伝わりにくいですが、一枚一枚丁寧に描かれた落葉と雑木林の静寂、透明な空気感が素晴らしかったです。『落葉』と題された作品は未完のものも含め全部で5点あるそうです。機会があれば他の『落葉』も見てみたいと思いました。
 
 
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『聚楽茶亭』 1905年
 
安田靫彦(やすだゆきひこ)作
 
 
 茶の湯の席を待つ豊臣秀吉を描いた作品。作品名の「聚楽(じゅらく)」とは秀吉が京都に造営した邸宅の事だと思います。安田靫彦がこの絵を描いたのは若干21歳の時で、その技量の高さを見て取る事ができます。靫彦は前田青邨と並ぶ歴史画の大家(能書家としても有名)で、先に紹介した菱田春草や横山大観の作品に感動し、画家になる事を決意したそうです。
 
 展示されていた作品の中で、色使いが派手なわけでもないのに目を引いたのがこの作品でした。どこかモダンというか、気品があって力強い感じを受けました。私はこの展覧会まで
安田靫彦の作品を見た事がなかったので、他にはどんな作品があるのか後で調べてみたのですが、『聚楽茶亭』とは結構印象が違いました。そう言った意味でも貴重なものが見れたと思います。
 
 
 2点だけになりましたが、前期の作品紹介は以上でおしまいです。次回の記事では後期に展示された作品の中から4点をご紹介します。
 
 
後編へつづく