前回の記事に引き続き「永青文庫 日本画の名品」の後期に展示された作品の中で、印象に残ったものをご紹介していきたいと思います。
 
 
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『黒き猫』 1910年
 
菱田春草作
 
 
 前期でも取り上げた菱田春草の黒猫を描いた作品です。『落葉』と同様、重要文化財に指定されています。『黒き猫』は『落葉』が描かれた翌年の第4回文展に出品されました。始め春草は、妻をモデルにした『雨中美人』という絵を文展に出品しようと考えていましたが、構図を迷っているうちに妻が貧血で倒れてしまい、期日の5日前に他の絵に変更する事を決めたと言われています。
 
 背景の柏の木はわずか一日足らずで仕上げられ、残りの時間は黒猫を描く事に費やされました。平面的な柏の木と立体的な黒猫が不思議なバランスで一体となっています。1901年の作品『白き猫』で「毛書き」の手法を用いたのに対し『黒き猫』では「ぼかし」という朦朧体の手法が使われています。春草はこの作品以外にも何枚か黒猫の絵を描いています。
 
 私にとって今回の展覧会のメインでもあった『黒き猫』。黒猫のこちらを見つめる強い眼差しとふんわり滲むような毛並みの質感が印象的な作品でした。菱田春草はこの作品を描いた翌年、肝臓の疾患により36歳の若さで亡くなったそうです。人に媚びない凛とした黒猫の佇まいが、自分の画業を貫いた春草の姿に重なるような一枚です。
 
 
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『月影』 1908年
 
上村松園(うえむらしょうえん)作
 
 
 女性の目を通して「美人画」を描いた上村松園の作品。京都の茶屋の娘として生まれた松園は、生まれてすぐに父親を亡くし、母と姉、女性だけの家庭で育ちました。明治はまだ女性が画家を志すという事が世間に認められていなかった時代ですが、母の理解と生活の支えもあり、松園は東京の鏑木清方と並び「西の松園、東の清方」と称されるほどの美人画の大家となりました。
 
 月夜の明るさに誘われて室内から出てきた三人の女性たちを描いた『月影』。青い着物の母親は空を見上げ、ピンクの着物を着た若い娘は縁側に落ちる松の影に視線を落としています。窓越しには赤い着物の少女が外に視線を送っています。年齢の異なる三人の女性が描き分けられ、月が描かれていないにも関わらず、月を見上げる母親の視線と松の影で、美しい月の夜を感じられる作品です。
 
 
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『髪』 1931年
 
小林古径(こばやしこけい)作
 
 
 小林古径の代表作であり重要文化財に指定されている一枚。1922年、古径は日本美術院の留学生としてヨーロッパに派遣され、大英博物館で中国の『女史箴図巻(じょししんずかん)』を模写して「高古遊糸描線」(解雇が吐く糸のような強くしなやかな線)という中国の古典技法を学びました。その完結で力強い古径の線描が『髪』という作品でいかんなく発揮されています。
 
 風呂上がりに半裸で正座している女性と、その後ろで彼女の髪を梳いている妹らしき人物、二人の女性が描かれています。半裸の女性は簡潔な線で描かれ、色もほとんど使われていません。彼女の長い髪は生え際や髪一本一本が繊細に描かれ、墨の濃淡によってその質感がよく表されています。
 
 古径はこの作品について“裸婦の湯具の色と後ろの人物の着物の色との間にどうしても何かもう一つ色があるような気がしてならない。そうした意味から言えば『髪』は未完成だと言えない事もない”と語っていたようです。私には簡潔でこれ以上手を加えるところなどないと思える作品ですが、古径にはまた違った何かが見えていたのかもしれませんね。
 
 
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『霜月頃』 1916年
 
堅山南風(かたやまなんぷう)作
 
 
 最後の作品は堅山南風が描いた二曲一双の屏風です。1913年、第7回文展に出品された『霜月頃』は横山大観の推薦により二等賞(その年は一等に該当する作品がなかったので事実上は最高賞)を受賞しました。これを機に堅山南風は大観に師事して日本画を学び、93歳で亡くなるまで日本画壇の中心的存在として活躍しました。
 
 真っ赤(作中ではオレンジに近いですが)に紅葉するハゼノキとその向こうで農作業をする二人の農民を描いた『霜月頃』。まず鮮やかな紅葉の色が目に飛び込んで、対照的に淡く柔らかな雰囲気で描かれた農民の姿へと視線が移っていきます。何気ない秋の一日を鮮やかな色彩美で描いた美しい屏風でした。
 
 
 以上で「永青文庫 日本画の名品」の記事はおしまいです。ここで取り上げた作品以外でも、菱田春草の『六歌仙』、西村五雲の『林泉群鶴図』、松岡映丘の『室君』など、心を引かれる作品がありました。後期に訪れたのが展覧会の最終日だったので、記事を書くのが展覧会終了後となってしまいましたが、今後、永青文庫の作品を鑑賞する機会があった時に少しでもお役に立てれば幸いです^^