前回に引き続き「カラヴァッジョ展」の後編です。
『歯を抜く人』 1608-10年頃
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)作
後編の一枚目は庶民の日常生活を描いた風俗画です。患者が口から血を流して悶えているにも関わらず、歯を抜いている人物(医者?)はそれを意に介さない様子で観覧者へと視線を向けていることから滑稽さみたいなものが感じられます。『聖マタイの召命』などは演劇の一場面を見ているかのようなドラマ性がありますが、こちらはどちらかと言うとユーモラスな雰囲気の作品です。
カラヴァッジョは身近にいる人物をモデルにして絵を描いていたと言われており、この絵に描かれている人物にも一人ひとり実在のモデルがいたのかもしれません。何だかおかしな光景ではありますが、それぞれの人物のリアルな表情と真ん中にいる二人の臨場感はカラヴァッジョの作品ならではだと思います。それにしても、麻酔なしで歯を抜くなんて考えただけでぞっとしてしまいますね(笑)
『洗礼者聖ヨハネ』 1609-10年
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)作
こちらの一枚は『法悦のマグダラのマリア』と同様にカラヴァッジョが死の間際まで所持していた作品です。彼が殺人の罪で逃亡生活を送っていた頃、罪人への恩赦特権を持つ枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼへ贈答するための作品だったと言われています。この枢機卿は美術愛好家であり、芸術家たちのパトロンでもありました。ローマには彼が夏の別荘とした建物が「ボルゲーゼ美術館」として現在に残っています。
洗礼者ヨハネはイエス・キリストに洗礼を授けた人物です。私はヨハネに対してある程度年齢を重ねた人物のイメージがあったのですが、この作品では御覧の通り若い頃の姿が描かれています。アトリビュート(西洋美術において伝説上・歴史上の人物または神話上の神と関連付けられた持ち物)が少し変わっていて、ヨハネのアトリビュートである子羊が牡羊に、杖状の細長い十字架がただの杖として描かれています。
この絵を目の当たりにした時、私は形容し難い不思議な感覚を覚えました。少年なのか青年なのかわからない、この表情は物憂げなのかそれとも観覧者を挑発しているのか・・・。逃亡生活という特殊な状況で描かれた絵なので、写実の中にも画家の感情が複雑に入り組んでいるのかもしれません。もっと言えば、洗礼者ヨハネというのはただの器で、モデルとなった人物をカラヴァッジョの好きなように描いただけという気もします。
『ゴリアテの首を持つダヴィデ』 1609-10年頃
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)作
ゴリアテとは旧約聖書の「サムエル記」に登場するペリシテ軍の巨人兵士です。ペリシテ軍はイスラエル軍と敵対しており、ダヴィデはゴリアテの退治をイスラエル軍に申し出た羊飼いの少年でした。ダヴィデは投石器を使ってゴリアテを打ち倒すと、ゴリアテの剣を使って彼の首を刎ね、とどめを刺しました。その時の様子がこの絵の主題となっています。
切り落とされたゴリアテの首からは血が滴り、ダヴィデは表情を歪めてそれを見つめています。ゴリアテの顔は晩年のカラヴァッジョ本人の自画像であると言われていて、ダヴィデもまた、若かりし頃の彼の自画像だという説があるようです。まるで、罪を背負ってしまった自分をかつての自分が蔑み、憐れんでいるような光景です。死が自分のすぐそこまで近づいていると、そんな予感がカラヴァッジョにはあったのでしょうか。
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以上でカラヴァッジョ展の記事はおしまいです。私はバロック絵画が特に好きというわけではないのですが、カラヴァッジョの絵には強く引き付けられるものがありました。強烈な明暗法「キアロスクーロ(テネブリズムとも)」を用いた絵画は確かに劇的で迫力があります。イタリアで初めてカラヴァッジョを見た時の感動を思い出しました。
最後にご紹介した『ゴリアテの首を持つダヴィデ』は名古屋会場のみで展示されているので、実際にこの目で見られて良かったです。展覧会は名古屋では12月15日まで、その後は大阪を巡回する予定ですので、興味を持たれた方はぜひ足を運んでみてください^^


