吹く風が涼しくなってきた。あのマンションが、とても近くに見える。建物の隙間に夕陽が消えていき、段々と光が弱まっていく。自分が何か考えているのか、それとも何も考えていないのか、よくわからなくなる。
 
 ぼんやりと、あのマンションで暮らして、毎日部屋からこの池を眺めたら、それはどんな気分なのだろうと思う。私は、水辺の近くで暮らしたことがない。海も、川も、池も、湖も。そのうち、ぽつぽつと街の灯がともり始める。
 
 左側で釣りをしていたおじいさんが片付けを始め、池を後にする。若い女性は仰向けになってじっとしている。右側にいた夫婦の奥さんは電話するのを止め、旦那さんはまだ釣りを続けている。そろそろ帰ろうかな、と思う。
 
 
 
 
 遊歩道に出て、見上げると空に月が浮かんでいる。標準レンズでは上手く撮れないだろうなと思いながら、取り合えず一枚写真を撮ってみる。高倍率のズームレンズがあれば便利なのだろうけど、私は重いレンズも重いカメラもあまり好きではない。
 
 
 
 
 池の周りを歩いていると、ついつい足が止まってしまう。もう何枚か同じような写真を撮っているのに「もう一枚」と欲が出る。さっきよりも、空の色が濃くなった気がする。木々と建物はほとんど黒く塗り潰される。
 
 
 
 
 夏の夕方は空が綺麗だ。暑かった日ほど夕空が綺麗になる気がする。夏雲にしばし見とれてしまう。また別の角度から、池と対岸、空の写真を撮る。すぐ近くに黒と白の野良猫が寝そべっている。写真を撮ろうかなと思ったが、何となく止めておく。猫を挟んで隣にいる釣り人の存在が気になるし、私が近づいたことで猫が逃げてしまったら少し悲しい。
 
 
 
 
 水面に雲が映り込んで、空とは少し違った表情を見せる。私はまたしばらくそこに留まる。池の周りに集まる人達は静かでいい。カメラのシャッター音がはっきりと聞こえる。肌が汗で湿っていても、それほど不快ではない。後もう少しで日が落ちる。今日という日が終盤を迎える。
 
 
 
 
 公園を出る前、来た時とは逆の方向からメタセコイヤ広場の写真を撮る。わずかに池の水面が光っている。特別なことは何もない夕暮れ。体はほどよく疲れ、お腹がすいている。タンブラーに入っている麦茶を全部飲み干し、車に乗り込む。
 
 
 
 
 この日最後に撮った写真。きちんと充電していなかったせいで、短い撮影時間でカメラの電池が切れる。一日が終わるまで後もう少し。明日なんてすぐにやって来てしまうけれど、もう少しだけ、夕暮れの余韻に浸っていたくなるような夜だった。