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 雨を忘れてしまったような夏日が続いた後、やっと梅雨らしい一日が訪れた。今日は朝から雨が降り続いている。この時期に当たり前であるはずの風景が何だか新鮮だった。ドアを開けると灰色の空が広がり、あっという間に湿気が体を包んでいった。
 
 「雨の日と月曜日はいつも憂鬱」とカレン・カーペンターは唄っていた。
 
 後ろ向きな事を考えるのはあまり好きではない。それでも、普段忘れている心の傷を悪意のない第三者に触れられると、頭の中がその事に支配されてしまう。考えても何も戻らない事は知っているのに、失ってきた事をつらつらと思い出してはため息を吐く。
 
 自分で選んだ事じゃないか、と自分を諭すことは出来ても、なかなか気持ちは切り替わらない。薄暗く湿った世界は一旦掴んだ私の腕を簡単に放してはくれなかった。自分をコントロール出来ている気でいたけれど、私は未だに色んな事で傷つき、動けなくなってしまう事を思い出した。
 
 子供の頃から、母親に「あなたは自分の世界が強すぎる」と言われてきた。そこには「我が儘」や「強情」という意味も含まれていたと思うが、実際に私は自分の外側にある世界の事にあまり興味が持てなかった。今でも自分と他人を比べる事はほとんどない。
 
 生活や人間関係を限りなくシンプルにすれば、煩わしさから開放されると思っていた。大人になって、人は一人では生きていけないという言葉の意味を知った。絶えずどこかにカテゴライズされ、名前を付けられる事に嫌気がさした。それでいて、肩書を失くすことに怯えていた。
 
 自分からは逃げられないのに。わかっていても、そこから逃げ出したくなる自分がいた。
 
 
 久しぶりに、いくぶん暗めな文章を書いてしまった。雨のせいにするのは気が進まないが、少しはその影響もあるように思う。明日になればこんな気持ちはすっかり忘れているのかもしれない。たぶんそうだと思う。そうであると願いたい。もっと時間が経ってこの文章を読み返した時、私はきっと一人で苦笑いするだろう。これはかなりの高確率で起こる未来だ。
 
 憂鬱の雨が通り過ぎたら、新しい物語を書こうと思う。考えるのがバカバカしくなるくらい、眩しい太陽が空を支配するその時に。