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photo by eight
 
 
 急に降り出す雨、少し遅れてやってくる雷。今年の八月はそんな日が多かったように思う。昼と夜、一瞬の光の後、雷鳴が激しく空に響いた。
 
 最近、割とマメに文章を書いていたせいか、何だか自分の中身が空っぽになってしまったような感じがして、ごく短い期間ではあるけれど、しばらく何も書く気になれなかった。そういう時は普段と違うことをすると、ふっと何かを思いつく事があるが、なかなかそういう気にもなれなかった。
 
 雷鳴は、少し不安になる程の大きな音で轟いていた。空気が震えるのがわかるくらいだった。普段、そんなに大きな音を耳にすることはまずないので、その事が余計、私を不安にさせたのかもしれない。
 
 夏という季節は、いつだって足早に去っていく。日中どれだけ暑かろうと、陽が昇る前と落ちた後にはもう秋の気配がする。特に夜は、蝉に変わって鈴虫の声が聞こえてくるようになった。時間は一旦見失うと、そう簡単には捕まらない。気がつけば、思ったよりずっと先を振り返りもせず歩いている。
 
 激しく降る雨の音を聞きながら、私は現実から夢の中へ移ろうとしていた。その途中でふと、ある人のことを思い出した。顔も本当の名前も知らないが、その人は不思議な文章を書く人だった。彼が見たという夢の話は、幻想という言葉を越えて、私の中に脆く儚い余韻を残した。
 
 彼はもう、この世に存在していない。彼の夢の話を聞くことは、二度とない。
 
 久しぶりに、私はパソコンの画面にあるキーワードを打ち込んで検索してみた。しかし、そこに彼の痕跡はなかった。思い出すことはほとんどなくなって、名前さえ忘れかけていたのに、何だかもの凄くショックだった。もしかしたら、彼がこの世からいなくなったと知った時以上に。
 
 追いかけていた蝶が、目の前ですっと消える。いつだったか、そんな一文を彼の夢の話で見たことがあった。何故かそのイメージだけが、私の中に今もはっきりと残っている。深い関わりはなく、一方的に彼の世界を見ていただけに過ぎないのだけれど、彼に与えてもらったものは大きかった。知性的で誠実で、夢か幻のような人だった。
 

 ――――― 八月の雷鳴を、彼なら何と表現しただろう。
 

 彼は物静かで聡明なイメージがあったけれど、その心には常に灰色の雲が広がっていたのかもしれない。いつ降り出すかわからない雨に怯え、雷鳴に耳を塞いで、必死に堪えていたのではないかと、今になって思う。
 
 永遠のさよならとは、こういう感じなのかもしれない。ある日突然それはやって来る。八月の終わり、何事もなかったように晴れ渡る空を眺めながら、私は彼の記憶を、再び胸の奥深くに仕舞い込んだ。