北庭はもともと「伏見城北政所化粧御殿」の前庭を移したもので、当時の原型をほぼそのままに留める桃山時代の代表的庭園の一つである。
 
 
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 賢庭(けんてい)作で後に小堀遠州が手を加えた(「賢庭」とは小堀遠州が自らの設計した庭園の作庭時に起用した庭師の名前)。池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)だが枯山水となっていて、秋には紅葉が美しく、夜間はライトアップもされているそう。
 
 
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 余計なものがない広々とした部屋から眺める北庭。赤と青の敷物が庭の緑や白と響きあって印象的な庭だった。高台寺に入っていく観光客は多かったが、この日、圓徳院では数名としかすれ違わず、しばし北庭を一人占めできた。
 
 
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 多数の巨岩大岩がふんだんに置かれている庭は珍しく、これが桃山時代の豪華さ、大胆さだとされている。ここで圓徳院内の見学はおしまい。
 
 
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 出口のすぐ傍にある「三面大黒天尊天」。「三面大黒天」は大黒天、毘沙門天、弁財天の三つの顔を持った仏様のこと。福徳信仰の象徴として、豊臣秀吉が念持仏としたといわれる珍しい尊像。いわば秀吉の出世守本尊である。御堂は京都御苑から移築したもの。
 
 
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 木下家定の嫡男でねねの甥である、木下勝俊が祀られている「歌仙堂」。若狭藩主だった勝俊は歌の才能に恵まれ、後に「長嘯子(ちょうしょうし)」と名乗り、数多くの和歌を残している。
 
 
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 圓徳院で予定していた観光コースは終了。まだ時間があったので「二年坂」の方へ行ってみることにした。