「南禅寺」は日本最初の勅願禅寺(時の天皇・上皇の発願により、国家鎮護・皇室繁栄などを祈願して創建された祈願寺のこと)であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。開基は亀山法皇。

重要文化財の「三門」。五間三戸(正面柱間が5間で、うち中央3間が出入口)の二重門(2階建ての門)。寛永五年(1628年)に藤堂高虎公が大阪夏の陣の戦没者慰霊のために寄進建立したものである。


三門は中に入って見学することができる。急な階段を上って二階へ。


歌舞伎の『楼門五三桐』の二幕返しで、天下をねらう大盗賊の石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ。この五右衛門の目からは、値万両、万々両」という名台詞を吐く「南禅寺山門」。その舞台がこの三門の屋上である。しかしこれは創作上の話で、実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った寛永5年(1628年)の建築。


三門からは京都の町と山々が見渡せる。まさに「絶景かな」というところだろうか。


本坊の西側、一段低い所に経っている「法堂(はっとう)」。豊臣秀頼が寄進。明治二十八年(1895年)に焼失した後、明治四十二年(1909年)に現在のものが建立された。
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