今から2000年以上前、中国大陸は春秋戦国時代と呼ばれる戦乱の世にあった。“万里の長城”の原型が築かれたのはこの春秋時代、北方の斉は隣接する魯との国境に城壁を建造した。続く戦国時代には、燕、趙、秦が北方異民族の侵入に備えて北側に長大な城壁を建造していった。これらが後の長城の原型になったのである。
 

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 私が訪れたのは“八達嶺長城(はったつれいちょうじょう)”。標高1015m の八達嶺にある全長7.8km の長城だ。北京市街から近く、最も保存状態の良い長城だと言われている。北側の駐車場からロープウェイに乗り、長城の入り口へと向かう。そこから“女坂”と言われる坂を上り、最高峰の“北八楼”を目指す。


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 手すりが設けられているが、坂は急勾配で階段も上るのは結構大変だ。


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 北八楼は観光客でいっぱい。


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 万里の長城の総延長はおよそ8851.8km。その大きさから“月から見える唯一の建造物”とも言われていたが、2004年に宇宙空間から肉眼で観測することはできないと中国科学院により否定された。この日、空は晴れていたが、黄砂の影響で見晴らしはあまり良くなかった。空気が澄んでいたらもっと壮大な長城の景色が見られたかもしれない。


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 むき出しの岩山。こんな所によくこれだけの城壁を築いたものだと、改めて感心した。あまりにも有名で名前も聞きなれているため、それほど興味が湧かなかった場所ではあったが、想像を遥かに超えるスケールを目の当たりにして、行って良かったと思える場所だった。