“コロッセオが滅びるとき、ローマは滅び、そのとき世界も滅びる”。紀元前からの長い歴史を持つコロッセオ(Colosseo)。ローマ皇帝ヴィスパシアヌスが市民の娯楽施設として建設を始め、その後、彼の息子のティトゥス帝の時代に完成した。

 
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 今では外壁や内部が壊れてしまっているが、当時は全体が円形だった。外周527メートル、高さ48.5メートル、収容人数は約5万人だったと言われている。


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 この巨大な円形闘技場でローマ市民が観戦し熱狂したのは、人間対人間、または猛獣対人間という血なまぐさい決闘だった。その決闘は必ずどちらかの死によってのみ決着していた。5世紀に入ると、ホノリウス帝によって闘技会は全面禁止され、その後ローマ帝国が崩壊すると、コロッセオも忘れ去られた存在となる。一時は荒廃したが、19世紀末の発掘調査でその歴史的価値が認められ、保護されるようになった。
 

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 コロッセオの隣には、コンスタンティヌス帝がマクセンティヌス帝と戦って勝利した記念として建てられた凱旋門がある。そこに刻まれているレリーフは、ほかの皇帝の記念碑からとったものが多い。

 そろそろ日も傾いてきた。ローマでの一日目が終わる前に、トレヴィの泉へ。