
今夜もまた、ここにはそんな人の姿があった。カウンターに男が一人座っている。彼は夢を語るには歳をとりすぎているようにも見えるし、人生に疲れるにはまだ若すぎるようにも見える。ギムレットを飲みながら、彼は一体何を考えているのだろう? 背中に誰も近づけたくないという雰囲気を漂わせ、グラスを傾け、自分の手元に視線を落としている。バーテンダーは静かにグラスを磨いている。どこかの席で、カランと氷とグラスがぶつかる音がする。店内は薄暗く、他にも客はいるが、彼らの顔をはっきりと見ることはできない。まるで幽霊のように、漠然とした存在感だけがそこにある。同じ空間にいながら彼らはそれぞれが独立しているのだ。
しばらくすると店の扉が開く音がする。バーテンダーは静かに、しかし通る声で「いらっしゃいませ」と入ってきた客に声をかける。彼はまだ自分のグラスに視線を落としたままだ。入ってきた客を見ようとはしない。誰も待ち人がいない彼には関係のないことなのだ。その客は彼と一つ席を空けて左隣の席に座る。彼の空間にその客は少しだけ足を踏み入れる。その客は女性だ、と彼はなんとなく認識する。彼女は「ワインクーラー」とバーテンダーに告げる。「かしこまりました」とバーテンダーは口角を上品に持ち上げて言う。ワインクーラーが彼女の前に置かれ、彼女はそれに口をつける。彼はその間、また自分の空間を独立させようとしている。
それがもう少しで成功しかけた時、彼女が言う。「あなたの夢を見たの」。彼は少し驚いて左隣に座っている彼女を見る。それは独り言とは思えない声のトーンと大きさからだったからだ。一瞬の間に彼は、彼女はバーテンダーに話しかけたのかもしれないという想像をする。しかし、カウンター内にバーテンダーの姿はない。いつの間にか忽然と消えてしまっている。何かの用があってその場を離れたのかもしれないし、ただ、“純粋に”消えてしまっただけなのかもしれない。彼は彼女の方に首を傾けたまま、バーテンダーの行方を気にし始める。しかし、彼女はそんなことちっとも関係ないとでもいうように話し続ける。「あなたは何かを探していたの。とても一生懸命…」。彼女はそこで初めて彼の方へ自分の顔を向ける。薄暗い店内で、彼女の輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。
彼はその顔を見てはっとする。「君は…」。
物語というものは、いつも唐突に始まる。何の変哲もない夜に。