『左橋の会』初音家左橋さん | ☆ア・マ・ミ・ン♪

『左橋の会』初音家左橋さん


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<<『左橋の会』初音家左橋さん>>
   
   
実は、丁度1ヶ月前の、
4月24日木曜日に、
池袋演芸場で、
落語家・初音家左橋さんの、
『左橋の会』が開かれました。
私も、
寄席初体験で行ってきました。\(^o^)/
 
テレビや、
公民館・ホール、
学校の体育館などでは、
観たことがあっても、
本格的な寄席で観るのは初めてでした。
私の本籍地は東京都江東区で、
区役所が地下鉄東西線の、
東陽町駅の近くにあります。
この辺は、以前、やはり仕事で、
しばらく通ったことのある所で、
馴染みの深い所です。
その、江東区役所の前に、当時は、
三遊亭円楽師匠の、
自宅兼寄席『若竹』がありました。
『若竹』に、行ってみようと、
思いつつ、行きそびれていました。
そのうち、そちらへは行かなくなり、
行かず仕舞いになってしまいました・・・
『若竹』は、
大喜利『笑点』(日テレ系)で、
たまに公開録画に使われていましたが、
経営不振などから、
しばらくして、閉鎖されてしまい、
幻の寄席になってしまいました。
円楽師匠は、その後も、
『笑点』などで活躍はされていましたが。。。
結局、いつでも行けるという思いから、
いい機会を逃してしまいました・・・(;^_^A
 
4月24日から、
本当に月日の経つのは、速いもので、
「光陰矢の如し」というように、
矢よりも速く、1ヶ月が過ぎてしまった。
記事にしようと思いつつも、
ずるずると、今日に至ってしまった・・・(v_v)
記憶が薄らいでいく中で、
どこまで思い出し、書けるかわかりませんが、
つまらない話でも聞いてください。。。(^_-)ゞ
 
4月24日、
週間予報では曇りだったのですが、
当日は、大雨の予報に変わり、
心配しました。。。
何を着て行こうかと・・・(;^_^A
オシャレなもんで。。。(^_^)ゞ
で、一張羅のジャケットを着て、
出かけました・・・
洗濯も、選択の余地もありません。。。(;゚ロ゚)
しかし、夕方までほとんど降らず、
行きに降られることはありませんでした。
帰りはいくらか降っていましたが、
池袋演芸場は、ほとんど駅前で、
傘を差すほどでもありませんでした・・・
なんと、日頃の行いがいいと、
お天気まで味方してくれるんですね・・・v(^-^)v
 
一応、開演時間と料金は、ネットで調べておきました。
しかし、曖昧な記事しかなく、
特に、「夜の部」は、マチマチのようでした。
出演者にもよるらしく、
はっきりと記載できないらしいです・・・(;一_一)
とりあえず、
夜 の 部・・・18:30-21:00
※ 開場は30分前          
と、ありましたので、
18時には間に合うようにと行きました。
18時のちょっと前に、チケットを買いました。
¥2300.-でした。
通常で、¥2000.-位、
特別で¥2800.-位とありましたから、
¥2500.-~¥3000.-位かなと思っていましたので、
それよりは、安かったわけです。
で、少し徳したような、しないような・・・(^_^)ゞ
 
開演までは余裕があると思って、
ポスターや、チラシなどをのんびり見てから、
地下へとおりて行きました。
カウンターの女性にチケットを渡すと、
半券をもぎって返してくれました。
これを、そのまま「モギリ」というらしいですね。
ボールペンと数枚の紙ももらいました。
「どうぞ」と示された扉を開いて、
中に入って行きました。
すると、何やら始まっていました。
席は、椅子席で92席と、補助席が10席ほどありました。
せいぜい、100人位しか入れないんですね。
コンサートとか考えると、
小ホールのミニ・コンサート程度しかないんですね。
お金のことを考えちゃうと、
23万円前後の入りで、経費を抜いて、
4人の出演者で分けると、
あまりいい稼ぎにはならないのですね。
下世話な話ですが、

いや、経済の話ですが。。。(^-^;
まだ少し空いている所もありましたが、
徐々に「金ちゃん」(お客)で埋まっていきました。
私は、初めてなので、一番後の席から、
観客の様子も併せて拝見させていただきました。
 
始まっていたのが、てっきり、
前座みたいなのかなと思っていましたら、
前座には違いなかったのですけど、
急遽、18時開演になったとのこと。
理由のところは、聞けませんでしたが、
大雨予報のため、
早く帰宅してもらおうということらしいです。
また、
演者も、独演会でお一人か、
弟子の方と二人位かと思っていましたが、
しおりを見ると、
前座の人、一人と、
真打ち二人の演目もありました。
しかも、違う門下の方でした。
友情出演とか、営業出演なのでしょうか・・・
 
 【 番 組 】
一、開口一番     前 座
一、らくご      柳家 一九
一、紙くずや    初音家 左橋
 (お仲入り)
一、らくご      春風亭 勢朝
一、抜け雀     初音家 左橋
 
前座の方の名前が書いてないのに気づき、
舞台上(高座)の演者名が書かれている
「めくり」の方を、見ようとしたら、
もう終わるところで、
入り口でもらったボールペンをかばんから出そうと、
焦っている間に、終わって、
「めくり」もめくられそうになっていました。
慌てて、「めくり」の名前を読もうとしましたが、
時すでに遅く、めくっている最中でした。。。(;一_一)
前座でも、それなりに面白かったのですが・・・
 
柳家一九さんの、話しっぷりには力があり、
題名は「らくご」でしたが、
いろいろな小咄をミックスしたような、
内容だったと思います。
 
春風亭勢朝さんも、「らくご」という題名でしたが、
一九さんのとはまったく別の話でした。
「らくご」というのは、
「無題」みたいなものかと思いました。
けっこう笑わせてくれましたが、
今、思い出せません・・・(v_v)
ま、内容より、まずは雰囲気を味わえればいい、
と、思っていますから・・・p(^-^)v
 
 
さて、今回の『左橋の会』会主の
初音家左橋師匠にあいなりますが、
まずは、「紙くずや」です。
左橋さんが登場しました。
久々に見る姿です。。。
まだお若く、初々しい感じで、
駆け出しの頃でしたのが、
すっかり貫禄が出て、
立派な落語家さんになられていました・・・
この時間と空間のギャップを、
埋めることはできませんが、
現実に実在することを確かめようと、
目を見開いて、じっと見つめていました・・・
本当に、不思議な気持ちでいっぱいでした。。。
 
「紙くずや」
だめな若旦那が、リサイクル関係で、
ゴミの仕分けをするというお話で、
雇い主に説明を受けてから、
作業にかかります。
ところが、
雇い主が注意した箇所で、
ことごとく引っかかって、
なかなかはかどりません。
「紙は紙、木は木・・・」などと、
教わったように、声を出しながら、
リズムをつけて分別していきます。
ある人から、ゴミの中には、
いろいろなお宝が混じっていると聞いて、
働いてみることにしたのですが、
ちょっと光っているものが出てくると、
金や宝石ではないかと、
作業をストップしてしまいます。
本なんかが出てくると、
読み出してしまいます。
しまいに、義太夫の本が出てくると、
唄い出してしまうありさま・・・
この、義太夫を実際に唄うところは、
さすが芸人だと思いました。
物真似の指南書なども出てきて、
江戸家猫八さんバリの、
動物の鳴き真似も圧巻でした。
落語だけではなく、
いろいろ特技も持っているんだなと思いました。
 
 
「抜け雀」
宿場町で、夫婦二人だけでやっている、
客入りの悪い旅館の亭主が、
呼び込みに行きます。
なかなか客がつかないのですが、
ようやく、一人の武家の出のような人が、
泊まることになりました。
長期で泊まるということで、
「前金がいいか?」と言われると、
気のいい亭主は「いいえ・・・」と、
答えてしまいます。
客は、朝から晩まで、大酒を喰らい、
酒屋の支払いに困った女将さんは、
亭主に宿代の催促をさせます。
「大きい金と、小さい金、
   どちらがいい・・・」
という、お武家に対して、
「それじゃ、大きい方で・・・」
と答えます。
すると、
「大きい方か・・・
  しかし、今は無い・・・」
「それでは、小さい方で・・・」
「ん。・・・
  小さい方も、今は無い・・・」
驚いた亭主は、
洗い場でも雑用でもして、
働いて返してくれと言いましたが、
それもできぬと言います。
しばらく、考えたあげく、
ふすまに絵を描くから、
用意しろということで、
亭主は墨を擦ることまで手伝わさせられます。
呼ぶまで来るなということで、
亭主は引き下がります。
ようやく声がかかり、行って見ると、
ふすまには、子供がいたずらしたような、
墨の跡が、所々にありました。
「これは、一体何です!?」
「よーく、見なさい。
 雀が何羽か描かれているじゃろ・・・」
「はぁ・・・
  言われてみれば、そう見えてきた・・・」
女将さんは、納得できませんでしたが、
とりあえず受け取るが、
お金ができたら持って来るようにということで、
お武家さんを、追い返しました。。。
数日後、誰もいないその部屋の窓から、
何羽もの雀が出入りするようになりました。
雀が出て行ったあとに、
その部屋に入ると、例のふすまの雀の絵から、
雀が消えていました。
本物の雀になって、出て行っていたのでした。
この噂は、町中に広がり、見たいという人が増え、
あちこちから、泊めてほしいと客が来ました。
お陰で、猫、じゃなく、雀の手?を借りるほど、
忙しく、繁盛しました。
ある日、この話を聞きつけたという老人がやってきて、
「このままでは、雀は死んでしまう」と言い出します。
いわく、止まり木も少ないし、
休息できる巣もないというのです。

それでは、どうしたらいいかと聞くと、
ならば、自分が描き加えてやろう
ということになりました。。。
それから、だいぶ経って、
例のお武家さんが戻って来ました。
もちろん、お代なんかは、帳消しになっていますし、
数えきれないほど儲かっていましたので、
下へは置かぬ扱いようでした。
お武家さんが絵を見て、誰が加筆したか問いました。
老人が、言っていたことを思い出し、
「まだ、未熟・・・」と伝えると、
お武家の師匠だった。。。
と、いうお話でした。
 
少し長くなってしまいましたが、
あくまでも、記憶を元にしていますので、
話の前後や、細部などは、
食い違い等あると思います。
でも、だいたい、どんなお話か、
わかっていただけたと思います。。。
感想というより、
あらすじになってしまいましたが、
こういう落語もあるんだなって、
わかってもらえればいいと思います。v(^-^)v
 
 
お仲入り(中休み)では、

入場のときもらった紙に、
住所・氏名を書いて、回収され、
箱に入れての抽選大会で、
左橋師匠が自ら、後ろ手で抽選し、
落語家さん達の手拭いなどが、
何人かに当たりました。
約百人中、十人位でしたから、
十分の一の確率でしたが、
私は、残念ながら、当たりませんでした・・・
なお、
このとき使ったボールペンは、
この位はサービスかと思っていましたが、
返却するようで、係りの人も言いづらいのか、
あまりはっきり伝えてくれませんでした。
気がつかないで持って帰った人も多いようでした。
はっきり言っていただくか、
書いておいてほしいですね。
お互い、気まずいと思いますので。。。(;^_^A
 
 
以上で、お開きとなったのですが、
18時から始まりましたので、
20時半頃終了しました。
観客の中には、用意よろしく、
飲み物や食べ物を持って来ていたり、
中には、ビールやおつまみで一杯やりながら、
落語を楽しんでいる方もいました。
もちろん、売店や自動販売機もあり、
始まる前か、休憩時に買うこともできます。
私も、時間的なことを考え、
少しは用意していったのですが、
ほとんどお腹が空かず、食べませんでした。
 
終了してから、出口を出るまで、
しばらくかかりました。
出口は一つしかなく、
全員がそこへ向かうわけですから、
詰まってしまいます。
その上、出たところで、
左橋さんがあいさつや、
贈り物を受けているので、
なかなか進みませんでした。
火災時などの安全性が少し気になりました。
 
着替えてから、出て来るということで、
楽屋の出口で待っていました。
上の階にある飲み屋さんで、
親しい人達だけで打ち上げとのことで、
途中まで、同じエレベータで行きました。
同じエレベータといっても、
別記事に書いたように、
黒柳徹子さんとみたいな、
二人っきりではなく、
他のおつきの方などもいました。
第一、男同士、二人っきりになっても、
問題ではないではないでしょうから・・・
それで、問題なら、アブナイですね。。。
短い時間でしたので、
あまり深い話はできませんでしたが、
腰の低い接し方には、感心しました。
別れ際に、傘を貸してくれると言われましたが、
折り畳みのを持っていましたので、
お礼を言って断りました。。。
 
寄席というものを、初めて体験し、
懐かしい方とお会いし、
有意義な晩を過ごすことができました。。。
 
 
 
  
私は、今回、一番後の補助席の、
一番左端に座っていましたが、
弟子の初音家左吉さんは、

私のすぐ横で立って観ていました。
最近、だいぶ人気が出てきたようです。
 
なお、
アメブロで知りあった方も、
たぶん観られていたのではないかと思います。
その方は、法政大学の、左橋さんの後輩で、
ファンでもあり、おつきあいも長いようです。
ブログに、何枚か写真が掲載されているのですが、
どれも違った顔に写っていて、
イメージが定めにくく、
実際、どの人がそうだったのか、定かではありません。
せいぜい、数十分の一の確率なのですが・・・
一人、近いイメージの人がいましたが、
もしそうであっても、私は、
あくまでもネットの中の存在ですので、
余程、親しくならなければ現実と混同しません。
 
逆に、その方は、私に気づかなかったようです。
まさか来るとは思っていなかったでしょうし、
私は、トレードマークのサングラスを
かけていませんでしたから、
わからなかったと思います。
もちろん、寝るときもかけていません。
お風呂に入るときも、かけていません。
顔を洗うときだって、かけてなんかいません。
だいたい、普段は、かけてないです。。。(^_^)ゞ
 
次回の、『左橋の会』は、
まだいつになるかわかりませんが、
都合が合えば、私も、
行くことになるかもしれません。
私の、現物を見たいという奇特な方は、
もしかして、そこで会えるかもしれません。
でも、サングラスをかけてないので、
わかるかどうか・・・?
でも、大挙して行かれると、
なにせ、百人でいっぱいの所ですから、
入れなくなる可能性も出てきます。。。(;^_^A
  
  p(^-^)v    v(^-^)v
  
 
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★初音家 左橋(はつねや・さきょう)
(金原亭小駒改め初代「初音家左橋」)
(社)落語協会所属
   
本名:鈴木 宏和(すずき ひろかず)
生年月日:1956年01月04日
出身地:神奈川県川崎市
出身校:法政大学
血液型:AB型
趣味:義太夫、江戸祭囃子(笛・太鼓)、小唄(三味線)、
   演劇鑑賞、猫の世話
特技:日本舞踊、獅子舞、南京玉簾(なんきんたますだれ)
出囃子:春はうれしや
紋:梅の花
得意ネタ:「七段目」、「稽古屋」、「子別れ」、「井戸の茶碗」、
     「夢金」、「試し酒」、「代り目」、「時そば」、「明烏」、
     「青菜」、「棒鱈」、「四段目」など
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☆芸歴
1979年(昭和54年6月) 故十代目金原亭馬生(きんげんていばしょう)に入門
1980年(昭和55年6月) 金原亭小駒(ここま)として前座
1982年(昭和57年10月) 馬生没後、金原亭伯楽門下へ
1983年(昭和58年3月) 二つ目昇進
1995年(平成7年3月) 小駒改め初代「初音家左橋」で真打昇進
☆受賞
1987年(昭和62年)  「にっかん飛切落語会」努力賞受賞
            <<日刊スポーツ社主催>>
1993年(平成5・6年) 「にっかん飛切落語会」奨励賞2年連続受賞
1995年(平成7年)  「国立演芸場花形演芸会」金賞受賞
2002年(平成14年)  「文化庁芸術祭」優秀賞受賞
☆その他の活動
2006年(平成18年)    法政大学で講師を務める。
 
(テレビ)
1987年(昭和62年4~9月)NHK朝の連続ドラマ「チョッちゃん」梅花亭夢助役
2003年(平成15年5月)  NHK金曜時代劇「御宿かわせみ」岡っ引き仙五郎役
2006年(平成18年7月)  NHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」役人塚原役
2006年(平成18年4月)  NHK BS2「花の落語家六人衆」大喜利(月1で放送中)
など・・・
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☆弟子
初音家左吉(はつねやさきち)
生年月日:1974年
出身地:東京都世田谷区
血液型:B型
2004年(平成16年6月)初音家左橋に入門
    初音家左吉となり見習いを経て
2005年(平成17年1月)下席より前座修行開始。
 
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☆初音家 左橋☆ 公認ホームページ
『First・Sound・Home 初音家でござい』
http://www.geocities.jp/hatsuneya_s/index.html
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*:..。o○★゚・:,。*:..。o*:..。o○★゚・:,。*:..。o
 
春風亭 勢朝(しゅんぷうてい せいちょう )
http://seicho.dynax.co.jp/top.asp
 
群馬県伊勢崎市出身
1962年8月8日 -
本名は高橋 俊人(たかはし としひと)
出囃子:『野球拳』。
落語家では珍しく眼鏡を掛けている。
 
[略歴]
1979年8月 5代目春風亭柳朝に入門し「勢朝」を名乗る。
1984年3月 二つ目昇進。
1991年2月 師匠柳朝死去に伴い、
      弟弟子・春風亭茶々丸(現いなせ家半七)と共に
      兄弟子・春風亭小朝一門に移籍。
1996年3月 - 弟弟子茶々丸と共に真打昇進。

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柳家 一九
※データが見つかりませんでした。