下町・秋津探偵社

作:おきくら 周(あまね)

 

No,32

「これは、祖父の栄がまだ健在だった昭和43年の正月の最後の家族写真です」というと懐かし気に目を潤している。「祖父、祖母、父と母そして功と自分・・・」洋平は、小さく呟くようにしながら秋津に示した。「いい写真ですね」と言いながら、「こちらのご家族の横に写っていらっしゃる方々は?」と秋津は写真の片隅で申し訳なさそうにも見える笑みで佇んでいる3名の人物に目が移った。「ああ、そちらは当時我が家に住み込みで働いてくれていた使用人夫婦とその子供です」主に屋敷内外の管理・清掃作業や家政婦業など佐野家の下働きに従事してくれていたようだった。

 

「そこの娘さんと私は同い年で小学校から中学校まで一緒に通ったものです」そう言いながら話す洋平の顔にはある種の感慨が見受けられた。「彼女とは幼馴染として、男や女を意識する前に言いたいことを言い合えるような所謂、兄妹にも等しい関係だったと思っています」洋平の少年時代を通して、家族外では、最も近しい存在だった彼女との付き合いは、中学を卒業するまで続いたのだという。しかし、お互いに高校進学の時期になると、洋平は地元の男子校へ進学が決まり、彼女は将来の夢を叶える職業に就くために進学先を敢えて東京の高校へと通うことになったのだった。

 

やがて洋平もその後には東京の大学に通うようになったのであるが、彼女の住む東京都下は八王子と洋平の下宿先の上野入谷は少々の距離があるので、そう度々お互い同士訪ね合うということも殆どなく、何というか、お互いが社会の視野を広げられると共に同じ空気を共有するかのような親密な先行きを希求する方向には行くことはなく、過去の人生はそれとして置いておけるような引き出しが、お互いに出来上がっていたということだろう。だから、上京中の4年間は互いに、ほんの数度会って月並みに友人としての付き合いの域を外れることはなかった。

 

大学卒業後、郷里に戻った洋平は、都内の親戚宅に身を置く彼女から偶に手元に届く手紙などで近況を知るぐらいだった。やがてお互いの時間は相応な隔離に慣らされていった。「そして、私と彼女が共に24歳になった年の秋、母が出向中の私に電話を掛けてきて突然言いました「華ちゃん亡くなったよ」と。私は疎遠になっていたとはいえ、彼女の名前を聞くと一瞬の躊躇もなくその顔をしっかりと思い出すことができました。しかし、それは何故か彼女の幼い頃の顔ばかりで何度も脳裏に浮かんでは消えていきました。多分、私にとって彼女との一番楽しかった時期でもあったからなのだと思っています。

 

彼女の両親は、その頃には既に佐野家の下働きを辞して故郷へと戻っておりましたので、その知らせは彼女の両親を通して私の母へと伝えられたのです。この時、功は茨城の大学に通い始めた頃で、彼にとっての華とは私と同様に姉弟のような、それも実の姉に近い存在でもありましたので、むしろ私よりもショックは大きく、幾許かのものだったことでしょうか。彼女の葬儀は東京で執り行われ彼女の両親と私の両親、そして私と功がそこに参列しました。彼女と同じく上京して大学卒業後、東京で就職していた同郷の友人や都内で彼女が通っていた高校・大学とその後には彼女の夢でもあった女優の養成学校に所属していたらしく、そちらからの友人たちも含めて、しめやかに献花し手を合わせておりました。

 

彼女の24年間の人生は、あっけなく終焉してしまいましたが、しかし、郷里の山々を共に駆けながら笑い泣いた親友が、この日から永遠にいなくなってしまったことは、祭壇で微笑む遺影のように、もう決して動きだすことはないのだと残酷にも悟らざるを得ませんでした」功のアルバムの最もコアな部分を洋平は話し終えると、今の洋平の心の裡にある最も大切な弟の不在時間も、また10年の間、時を刻むこともなく闇の中で留まったままなのであった。

 

秋津は、洋平に静かな口調で聞いた。「彼女は、事故で?」洋平は少し戸惑いつつも、「いいえ、緊急性の心筋梗塞とのことでした・・・」「心筋梗塞・・・」若くして罹患することもありえることなのだろうと、ただ、漠然と考えていた秋津に洋平は「ええ、そうです。私たちも当時は驚きました」と、いいながら、「彼女が、心臓が悪いなどとは聞いたこともなかったし、入院先の中野の病院の医師も手術したが既に手遅れだったと仰っておりました」と、言った。「中野の病院?」思わず秋津は、聞き返していた。「緊急性の高い症状であれば、救急医療の指定病院ですね?」と更に聞くと、洋平は「そうです、当時、専門医がいる救急医療の病院で著名だった、蓼科病院と聞いておりました」____。

                                  (No,33へつづく)

 

注)物語は、一部の場所・人物をのぞいては、全てフィクションです。

 

ぱぱ日記

少し書けたので掲載します。

これまでを読み直して、文章の流れが変な部分なども直しながらやっています。

ちょっと、内容が変わった部分もあるかもしれませんが、色々と試しながら仕上げていこうと思ってます。

何分、初めての小説に付き、大目に見てくだされば幸いです。