下町・秋津探偵社

作:おきくら 周(あまね)

 

No,25

 さて、秋津が、前回拾い集めた噂話の裏付けを上述の通り貴司のお陰で知ることができたのだが、例の因縁と言われる部分をどのように考えるべきかと秋津は思案をめぐらせていた。もっとも、警察は、その部分に囚われてしまうことはなく、淡々と検証可能な事柄のみを積み上げ合理的な結論に帰着させて調書を仕上げていくだろう。勿論、関係者のそのような発言は記録としては残ることもあろうが、そこに合理性がないものならば、それを結論に結び付けることは当然しない。つまり、因縁という情緒的表現は合理性に欠けるしそれらは呪いと同じく科学的な再現性に属さない事柄だ。

 

(しかし、)と、今の警察側の人間ではない秋津にはむしろ、その部分こそが真相を探る上では削除できない部分だとも思っていた。合理的でないものは果たして存在し得ないこととしてよいのだろうかという疑問はいつも付き纏った。最も、これらが今回の秋津の案件にどの程度、関わりがあるのかという点では、まだ不明といわねばならなかった。そして、貴司から今聞いたばかりの竹島竜二についての当時の裏付け調査で、彼の郷里が青森出身だと聞いて、佐野の出身地も東北の、こちらは岩手であるということから共に東北出身者であるという偶然が、妙に秋津の琴線に触れてくるものがあった。

 

実のところ貴司も、また同じような気持ちを抱いていた。それは、何か見えているのに見ていないというような言ってみれば隔靴掻痒たる感覚である。そして、また、貴司の担当する殺人事件の被害者である“冬木豊”の履歴をたどった際にも、彼もまた東北人であり岩手の出身者であったのだ。秋津は、「こりゃ、もしかして、この三人は・・・」と素早く傍にあった大き目のメモ用紙を取り出して何事かを書き留め始めた。

 

その様子を貴司は、例によって腕を組み片手で無精髭の頬をジョリジョリと撫でる指をはたと止めて、「関係者比較だな」と、秋津と同じく、貴司もそれに気付き、秋津の記述作業を見やった。その向こうで、みどりもまた、いったい何事かといった様子でこちらに目を向けている。やがて秋津は手ずから書いたメモ書きの余白を示し貴司にそれを手渡しながら「すまん、この様式で続きを書いてみてくれ」とその上にボールペンを置いた。そのメモ書きには秋津の現在の担当案件である捜索対象者である佐野功当人の名前と略歴その他が記されている。まずは生年月日と今現在の生存年齢(或いは没年齢)本籍と居住所、学歴、そして案件発生の年月日だ。「了解」と、貴司も秋津が書いたそれに倣って余白を埋め始めた。

 

二人のそんな姿を見守るように、みどりは、ふと、(兄も秋津さんも、どういう訳か、この手のメモ書きには、決してモバイルを使わないんだな)と思っていたが、一つには、PCからウイルスを介しての捜査情報漏洩など、ないとは言えない・・・ということなのだろうかと、みどりは、何気なく納得していたつもりではいたのだが、実のところ、それは少々違っていた。敢えて言えば貴司も現役当時の秋津も、捜査会議の要諦を場面として記憶することに慣れていたからと言うべきだろうか。

 

つまり、話者が語りながら要点を強調し都度の簡略化された情報を瞬時に記憶するための、ある種の粗雑感とでもいうのだろうか、奇麗に印刷された文字よりも肉筆で表した乱雑な形状の文字のほうが捜査員の思いや活力が全面に漲るものである。それ故にそれらは脳細胞の芯にまで深く沁み込んでいく(ものらしい)。理屈と言うより、そういうものであるというように警察官人生で体感し尽くしていたのだが、それは男社会特有の精神論的な悪癖と一部の合理主義者からは見られていた。

 

というわけで、そのような批判の良し悪しはあるが普段の捜査会議であるならば、そのような手順を踏んで状況を明らかにしながら事を進めて行くのが捜査の常である。無論、秋津は探偵社の調査業務として、貴司は犯罪捜査としてではあるのだが、お互いの立場の違いから、無意識の齟齬が生じることを防ぐ意味でも改めて二人の情報を付き合わせるということも必要なことである。貴司は、手渡されたメモ書きの余白に自らの情報を書き込みながら「これで、非公式ながらも合同捜査ということだな」と改めて宣言するように残りの余白を書き上げていった。

                                  (No,26へつづく)

 

注)物語は、一部の場所・人物をのぞいては、全てフィクションです。

 

ぱぱ日記

桜の季節も、あっという間に終わりましたね。今日などは、まるで初夏のような陽気で、ウォーキングすると多少ながら何時よりも汗を多めにかきました。その分、運動した感があって、ちょっと細くなったような気もしましたが、さて、実際はどうだったか体重を計ってみようかと思いながら、結局、もう、一週間ほど延期した次第です。(減ってなかったら寂しいのでね~❤)