下町・秋津探偵社

作:おきくら 周(あまね)

 

No,15

 「ところで」と、話の方向を変えるようにして秋津は別の質問に移った。「ここの施工を請け負うと決まった時、この土地に関わる人物や、または変わった出来事やちょっとした噂話でも聞いたことはありませんか」他の従業員たちも秋津がもってきた飲み物をそれぞれ口にしながら、その問いかけに改めて耳を傾けた。

 

「ちょっとした噂話?」最もこの時点で秋津には当たりを付けるような手掛かりがあるわけでもなく、これは、まったく漠然とした問いかけに過ぎなかったのだが、「あんたが言うのは、ひょっとして元の病院の因縁話のことを言ってるのかい?」と奥に居た白い無精髭の最年長と思われる男が、そう言うと辺りの男たちは少なからずざわついた。

 

「因縁話?」秋津は突如出てきた意外な言葉にその男の顔を凝視しながら、同時に永杉の詳述を瞬時に思い起こしてみたが、そこに類推する事柄などは見つけ出すことはできなかった。せいぜい肝試しのワードくらいだったが、しかし10年前の肝試しについては、何らかの事情はあるにしても、少なくとも今の時点では遊びの範疇でのことだと思っていたし、現にその廃病院に侵入した途中で佐野に掛かってきた緊急の電話を受ける形で、それは、あっさり取止めになったのだった。

 

そして、その日を境に佐野は忽然と姿を消すこととなった。秋津が、噂話と問うたのは、佐野に関する何らかの情報の欠片になるようなものでも拾い当てることができればという思いからだったが、かたや肝試しと、更にこの因縁話という言葉を受けて、それらは俄かに秋津の中で交錯した。厳密にいえば、この二つの言葉の間には中々の距離があるが、しかし、そのどちらもがネガティブな方向を示しがちだ。いずれにしてもその言葉には大いに興味が惹かれた。「それは病院に直接関わるお話なのでしょうか」と秋津に問われて、この男は「うん、まあ、当時はうちらのような業界内じゃあ結構、喧しく語られていた、この病院の奇異な話じゃよ」と答えた。

 

しかし、このような種類の話は大概が取るに足らぬ出来事が人口に膾炙されるたびに尾ひれがついてゆき、しかし、やがて廃れていくというものなのだろう。だが、秋津は、この白髭の男が口にした“因縁”の部分がやはり気に掛かった。それは、どういうことかと秋津が聞くのを待たずに男は語り始めた。「まあ、わしもそこまで詳しくは知らんが、何でも以前の病院が閉まった後に暫く映画会社に建物を貸していた時期があったらしいんじゃが、何というたか・・・ハウス・・」男が言い淀んだのを見て、既に永杉からその辺りの病院の来歴を聞いていたので「ああ、ハウススタジオですね」と補完した。

 

「そう、そのハウススタジオとして使っていた映画会社のスタッフの男の一人が、撮影準備中に雑多なゴミ(一般廃棄物)の中から古びた厚い日記帳を拾ってな、何気なくそれを持って帰ったらしいんじゃがな」秋津は、(まあ、ゴミとして捨てられてあったのなら、悪趣味かもしれんが、つい拾って読むってこともあるかもしれんか・・・)とふと考え、続きの話に聞き入った。「自宅に戻って、それを改めて見直したところ、その日記帳の中に自分と同じ生年月日が記されたカルテが四つ折りにして挟んであったというのじゃな。男は、このちょっとした偶然に興味を惹かれて、そのカルテの人物について、いろいろと調べ始めたらしいのじゃが、しかし、数カ月が経ったある日のこと、そのスタッフの男の住むアパートが不運にも火事に巻き込まれてしまい、本人は、まあ、命に別状こそなかったが、それでも体の一部に酷い火傷を負って病院に緊急搬送されたらしい。

 

ところが、これが、不気味なことに男が拾った日記帳に挟んであったカルテの病状とその男の症状とが、全く同じ内容だったらしいのじゃな。そんで、その搬送先の病院が、これまた偶然にもその旧病院が移転した先の新しい蓼科病院だったというのじゃよな。こういう偶然が重なっちまうと、何かの因縁めいたものを感じさせるよな・・・それから、男は、その病院に入院して4週間の治療を受けた後、忽然と姿を消したらしいよ。後の話では、親しかった同僚らも一切連絡が取れなくなってしまったということでな、あれこれと憶測をよんだらしいのじゃが・・・結局は分からずじまいだったらしいな」男はそこまで語ると懐から煙草を取り出して深く煙を吸い込みゆっくり吐き出すと再び話しを続けた。

 

「それがじゃ、数カ月過ぎた頃に都内の川に架かる橋の下で土座衛門が上がったらしいんじゃがな。実は、それこそがその行方知れずになっていたその男の遺体だったいうことなんじゃよ」煙草の煙と匂いが少し濃さを増した気がした。「土座衛門は知っていると思うが水中に長く浸かっているものほど傷みが酷いが、幸いというか比較的発見が早かったということで身元確認もほぼ時間が掛からなかったらしいな」と、もう一度煙を吐くと生臭い男の口臭とニコチンの交ざった臭いが秋津の鼻孔を萎えさせた。本人の死で、日記帳とカルテの件はうやむやになったかと秋津は危惧したのだが、意外にもこの話は先に続いていた。

 

そもそも、この一連の話の始まりである偶然手に入れた日記帳と同じ生年月日のカルテの持ち主となった男が行方不明の末に命を落としたという事実は、白髭の男の朴訥な語り口調によって時折、脚色まがいを思わせる展開に走りながらも一応の要点を保ちつつ何とか無難に終わった。気が付けば昼休みの終了を告げるチャイムが近隣の小学校と思われるさきからここにも響いてきていた。「おっと」と言って俄かにヘルメットの紐を顎にかけながら男は「悪いが時間だ。ここまでだな」と既に先を行く仲間たちの後を追いかけて事務所を出ていこうとして、やんわりと、こちらを振り返り「続きを知りたければ、さっき言った中央建設の山川っていう現場監督がいるからヤツに聞いてみな」と言って小走りに現場の入口へと入っていった。

 

その背中に丁寧に会釈をして、秋津はその現場を離れた。その足で紹介された建設会社を訪れその人物にも同様の話を改めて聞いてみたのだが、ディテールこそ多少の違いはあれ概ねは、あの白い無精髭の男の話と大差ないものだった。確かにこの話は業界内では語りつくされていたようだったが、それが更に世間に漏れ伝わると因縁を思わせる部分が一種の『怪談色』を強めていったようだった。それらの話とは別に、この現場監督の男にも、あの場所に関する何らかの異変や気に掛かることの有無などを訊ねてはみたが、これといった新たな情報を見いだすことはできなかった。

                                     (No,16へつづく)

 

注)物語は、一部の場所・人物をのぞいては、全てフィクションです。

 

トピックス)日本の土地が中国人に爆買いされているが、政府は全体をまったく把握していないというお粗末な事実が発覚。