下町・秋津探偵社

作:おきくら 周(あまね)

 

No,1

 2019年10月22日、日本の新天皇とその年号を世界に宣言した日、永杉恵一は失踪した上司の捜索を依頼するために下町の調査会社『秋津探偵社』を訪ねようとしていた。この日、街を行き交う人々は「即位礼正殿の儀」が執り行われた、この31年ぶりの慶事と、これを機に本格的な景気の復調を願う人心も相まって、どこか浮かれ気分に浸っているようにも見えた。

 

永杉が昔、社用で何度か訪れたことがある、この古い門前町の佇まいは、雷門から直接寺に続く仲見世やこれを中央で交差する新仲見世などの通りと共に、この外周を取り囲む商店街のガッチリと組まれた片アーケードの連なりの下を歩けば、観光地としてのそれなりの情緒や賑わいを感じ取ることができた。久しぶりに近くを通りがかり、たまたま、休憩のために立ち寄ったのが、ここの雑居ビル一階の『純喫茶・しろばら』だった。そして、この上階にその探偵社が入っていることを知ったのだった。

 

今の時点で、既に上司の捜索は警察と共に既存の調査会社にも依頼はしてはいたのだが、しかし、いずれも捜索の具体的進捗について思わしい報告がもたらされることはなかった。やむなく、どこか他にと腕利きの探偵を求めて人づてに訪ねてみたりもしたが、これはという人物に巡り会えることはついぞなかった。そのような思いを常日頃から持ち続けていたからだろうか、永杉には、ここで行き当たったこの粗末なビルディングの一角にある探偵社の存在が俄かに心の裡に突き刺さり、それは時間を増すごとに次第に大きくなっていった。

 

結局、数日を経ずして、この案件依頼を決意するに至ったのだが、今にして思えば、あの日、喫茶店の椅子に腰掛けて、何気なく目で追った壁際のポップメニューの先に、凛然と祀られていた神棚の周辺から仄かに発せられる何かの模糊としたものを感じると、その刹那、秋津探偵社の案件募集のビラが一瞬の目眩と共に視界に入ってくる気がした。同時に、ある種、神秘めいた存在を感じそうになったのだが、神仏への信仰心を殊更に持ちわせているというわけでもないので「まさかな」とすぐに思い直した。しかし、そんな自らの心に僅かにでもそのようなものが芽生えたことに、我ながら意外な気持ちではあった。

                                     (No,2 へつづく)

                                       

注)物語は、一部の場所・人物をのぞいては、全てフィクションです。

 

・本日から始めました「連続推理小説」の掲載ですが、何も分からない素人作家のため要領の悪い部分も多々あると思いますが、果たして、僕は小説を完結することができるのでしょうか? 温かい目で見守っていただければ助かります。