1番の歌詞しかなかった「天草情歌」

2番3番があるかも知れない。

 

そんな想いの二郎さん

船村徹先生の奥様

船村徹先生と共に生きた音楽評論家 小西良太郎さんは

中山大三郎先生の奥様に歌詞の存在を託しました。

 

中山大三郎先生の奥様と

中山大三郎先生のお弟子さんが

探して下さった歌詞

そして、題は「ふるさとは雨」

 

二郎さんは

待ち焦がれていた歌詞

見たかった 知りたっかた2番3番の歌詞

を・・・。

見た時

 

僕の歌だと思いました。

これは、俺の歌

俺の歴史

俺の人生 そのもの

と思いました。

 

俺は田舎育ちだから

俺が生きた天草の情景が全て出てきて

全てが生き返った風景だった。

 

俺のドキュメンタリー

俺の歌だ

 

それは、

船村徹先生は、1番を作曲された時から分かっていらしたことでしょう。

 

そして、そして

この日が来ることを

この日の二郎さんの気持ちを船村徹先生は

きっと分っていて下さって・・。

 

この日

二郎さんが溢れるほどの心の中を

きっと想像されていらしたのですね。

 

天草情歌は宝です。