ご機嫌よう!
よく
世界は自分であって
自分とは世界である的な言葉を聞く。
この地域、
この国、
この地球、
この宇宙、
それら全てが自分と言う事。
でもそうは言っても
流石に無理がある感じがする。
何故かって?
そりゃあ
この肉体が自分だと思っているからだ。
これが
『分離』だと言う事も
今は分かる。
そして
勘違いをしている事も
今は分かっている。
この世界は愛で満ち溢れている。
この事に気づくのに時間がかかった…
何故か…
『愛』を勘違いしていたからだ。
愛とは
優しくてあたたかくて
光で包み込んで…
母性の様な…
何たらかんたら…
そう勝手に思い込んでいた。
気づけば
愛すらエゴの善悪ゲームに、
飲み込まれていた。
愛は善で
それ以外は悪みたいな…
それらは
思考による感情に過ぎない
愛と感じているその感覚は良い
それは
あくまでも感覚、
自身の方向が心地良さにあるから。
『愛とは』
全てがあると言う事
存在していると言う事
分かったかな?
在る事が愛である。
善も悪もぜーんぶ在る。
それが愛であり、
それが自由だ。
無いとは認識すら出来ない事。
気づかない事であり気づけない事。
この世の仕組みは
世界🟰自分🟰愛
さて、
善悪ゲームの中で、
右往左往している人間よ!
気づくのだ!
この世界は愛だ。
愛とは在る事。
在る事は自分。
自分自身に全てが在るんだ。
無いは存在しない。
本来は認識すら出来ない。
だから
無いと感じているのは幻だ。
あなたにかかっている
不足の思考の霧
不足の感情の霧
それを
晴らして行こうか!
これから