マイウエイ | ELD-ERのブログ

ELD-ERのブログ

音楽のことや、身の回りで気になったことや、楽しい話などを、思いつくままに書いています。
ホームページはこちらhttp://www15.plala.or.jp/MCK/MCK/MCK/

あなたの人生、歌でいうとなに? ブログネタ:あなたの人生、歌でいうとなに? 参加中
本文はここから

私は、子供のころは親の言うことを聞く良い子だったと思っている。


けれども、次第に自分の考えで行動するようになったと思っている。


現在はもちろん自分の考えでほとんど行動している。


だから現在の私はマイウエイ。


だからといって、人の意見など聞かないというわけではない。


人の話はたいてい最後まで聞く。


最後まで聞かないのは勧誘の電話だけだ。


すぐに切ってしまう。


なぜなら、勧誘の電話などは、私が何か言おうとすると、必ずオッかぶせてものをいう。


私にしゃべらせないようにする。


そんなもの会話ではない。演説だ。


私は演説は聞かない。


けれども会話なら、最後まで聞くし、疑問点があればその都度質問する。


質問に答えてくれないようならそれでその会話は打ち切る。


疑問に答えられないような話なら、その話は大したことはないか、その人自身が話の内容を理解していないということになるから、聞くだけ時間の無駄になるからだ。


でもそうでない話なら、私は必ず最後まで聞く。


新しい知識や情報を手に入れるチャンスでもあるからだ。


では私は聞くだけかというとそうでもない。自分から話すこともある。


けれども、どういうわけか、五十歳を超えた人というのは、人の話を聞きたがらない。


私が何か言おうとすると、話の途中で「それは違う。間違っているよ」と私の話を遮る人が多い。でも私は根拠のない話しはしない。私は科学大好きだから、私の話には、たいてい科学的根拠がある。最後まで聞いてもらえば、私が思いつきで言っているのではないことがわかるはずだが、それを聞こうとしないのだ。自分は十分人生経験がある。だから最後まで聞くまでもなく、俺の方が正しいに決まっていると思っているようだ。


そういう人には私は話を止めてしまうし、何か情報があってもその人には言わない。どうせまた「それは違う。間違っているよ」と言われそうだから。


だから私の評価は二つに分かれる。若い人の間ではお喋り。年寄りの間では無口。


私は歳を重ねるということは、多くの知識、多くの考え方に接することだと思っている。


様々な知識、様々な考え方を取り入れた上で、自分で決める。


それが私のマイウエイだ。


けれども、フランクシナトラのマイウエイにはまだほど遠い。


あの歌詞を見ると、人生を振り返る、まさしく晩年の歌だ。


カラオケなどで若い人が歌っているのを見ると、「まだまだこれからだというのに、かわいそう」と思ってしまう。だって、死の準備をしているような歌詞だから。


だから私にはまだ早い。


けれども、何十年か先には、この歌が似合うようになっていると思う。