舞台は昭和33年ごろって所だろうか。
あるところに少年がいた。
少年の名は一郎。
小学生になったばかりのわんぱく小僧だ。
一郎は両親と3人暮らしで、近所には祖母がひとりで住んでいる。
生計は父の安い給料の他に貸家から収入を得ていたため、
生活は豊かとは言えないが暮らしには困らなかった。
この頃、
一郎の父さんは少し贅沢をしてカメラを購入した。
真っ黒なデザインのカメラで
見た目よりもずっしりと重い。
子どもの成長を撮るのだと張り切り
よく子どもたちが遊んでいる風景や自分達の写真を撮り、
出来上がった写真やネガ(ネガフィルム)を子どもに見せていた。
一郎も珍しさからか
カメラを借り、何度も何度も友人達を激写した。
ネガはコマ割された透明な薄い膜に
写真の絵が白黒で写っている。
その形はフィルムを引き伸ばしたような姿だ。
このネガは子どもにとっては不思議な遊び道具で
幼い少年にとってネガを眺めることは楽しみの一つだった。
一郎の日課は学校が終わった後、
近所に住んでいるおばあちゃんの家に遊びに行くことだ。
この人はしわくちゃの笑顔で笑うとても、とてもやさしい人。
旦那も病気で死に
息子は戦いに行っていない。
そんな戦争中
何とかやりくりして家を守った人だ。
そのやさしさはかつて乗り越えてきたものがあるからこそできるやさしさなのかもしれない。
一郎からすれば
ばあちゃんの欠点と言えば
写真が嫌いという程度だったに違いない。
少年は、この笑うと
しわがよけいに増えるおばあちゃんのことが
大好きだった。
少年は
いつも、
二コニコニコニコしながら
「おばあちゃん」
「おばあちゃん」
言って通っていた。
おばあちゃんの手をにぎり買い物に行く
それが少年の心に残るおばあちゃんとの思い出のひとつ。
少年のわがままを受け止めてくれるおばあちゃん。
大好きなおばあちゃん。
あるとき
少年の父が家族3人そしておばあちゃんの
4人でハイキングに行こうと言い出した。
山に生えている野草採り。
夕食のおかずにするためだ。
父親は写真撮影をしようとしたが
おばあちゃんは
「写真は嫌い」
と、そう言い、カメラに収まろうとはしなかった。
けれど、その日は
おばあちゃん専属カメラマンに
一郎がついた。
「はい、ばっちゃん!こっち見て!こっち見て!!」
おばあちゃんの最高の笑顔を撮った主だ。
写真を撮った一郎の顔と言ったら表現できないくらいまぶしい充実感にあふれている。
ハイキングが終わった後、フィルムが少しあまった。
一郎は早く撮った写真を見たかったが、
「勿体無いからまた今度写真を撮ってからカメラ屋さんで現像してもらおう!」
と、一郎の父は言うその言葉に納得しハイキングを終えた。
野草採りから
ひと月もしないうちに
おばあちゃんは亡くなった。
寿命だったのだろう。
葬儀の中
『ポクポクポク・・・』
木魚の音が無性に少年の心に響く。
葬儀に掲げられる写真を見るものの
最近のものではなく、
少年にはピンと来ないくらいずいぶん昔のものだった。
「おばあちゃん・・・」
少年は泣いていた。
葬儀も終わり
数日後。
学校帰りの少年は物寂しさに気がつく。
少年はいつものようにおばあちゃんの家の前を歩いていた。
「・・・あの家には誰もいない。」
おばあちゃんの家は人が入れないように鍵が閉めてあった。
数日もしたらこの家は他人の手に渡ることが決まっている。
そう看板にも書いてある。
少年は大好きだったおばあちゃんが恋しくなった。
どうしてもどうしても会いたくなった。
でも、おばあちゃんはもういない。
「写真でも良いから見たいな・・・」
そのとき彼は思い出した。
「写真、写真を撮ったんだ!」
少年はおばあちゃんの最後の笑顔を収めたハイキングの写真のことを思い出した。
それが一番新しく、最近の写真
まだそのフィルムは・・・
カメラの中に納まったままで現像はされていない。
カメラを探しに一郎は急いで帰った。
カメラはいつも父の書斎にしまわれている。
部屋は暑くムシムシとしていて少年は汗だくになって探した。
「・・・あった。」
汗だくになりながらの満面の笑み。
カメラを見つけると すぐに少年は蓋を開け
フィルムを取り出した。
『ビッ・・・』
フィルムを広げおばあちゃんの写真を探す。
おばあちゃん・・・
おばあちゃん・・・
「・・・何も写っていない」
何度も何度も
真っ白な欄の中おばあちゃんの写真を探すが
少年の目には見つけることはできなかった。
何度も何度も・・・探した。
ネガでもいい
おばあちゃんに会いたかった。
ネガでもいい
おばあちゃんに会いたかったのだ。
目を細めたり
日光に当ててみたり何度もフィルムを覗く。
数時間後、仕事帰りの父の言葉で一郎は真実を知った。
「お父さん、これ何にも写っていないんだ。絶対におばあちゃんを撮ったのに。」
一郎は泣きながら父に訴えていた。
父は何も言わず、一郎の頭をなでフィルムの収められていたフタを閉めた。
その日からいったい何年の時が経っただろう。
一郎はまた父となり、今ではその祖母と同じ年となった。
彼はその後も
いくつも写真を撮ったが
おばあちゃんの最後の写真のフィルムだけは
色あせる事はなく今もなお、心の中にしまわれている。