「も~、そうなのよ。ウチの隆ったら九九を覚えるのクラスで一番最後だったらしいわよ。近い将来私立にいけるか不安で不安で。最近じゃ、『俺、頭悪いもん』って開き直るのよ。」

 

他人事のせいか、電話越しから聞こえる友人の声は意外と軽やかだった。

 

「正美、それだったらさ、駅前にできた塾はどうかしら?」

 

塾。その言葉に正美は少し戸惑った。

 

「ダメよ。ウチの子、勉強させようと一年生の頃から塾や通信教育受けさせたのに2ヶ月でやめちゃうんだもの。

全く誰に似たのかしらね~。私はもっとできたのに。」

 

以前。隆を塾へ入れたことがあるのだ。でも折り合いが合わず隆は塾をやめた。

 

「大丈夫よ。ほら、あの正樹くん。」

 

「え?近所でもダメだって有名だったあの子?」

 

「そうよ。その正樹くんがね最近そこ通い始めたんだって。でね、先週スーパーで正樹くんのお母さんに会ったんだけど、成績が学年10位にまで上り詰めちゃったらしくってね、ホクホク顔で自慢されたわ。入塾するのに試験もしなくていいらしいし、私の息子も通わせようかなって思っているんだけど、正美もどう?」

 

とてつもないおいしい話。

飛びつきたいのは山々ではあるけれど・・・

 

「でも、高いんでしょ?そんなに優秀なところだったら。」

 

「それがびっくりよ。他の塾と5000円しか変わらないの!しかも、学力は一年保証付きですって。」

 

「えぇ!?保障付き?」

 

「そうよ。しかも成績が上がらなかったら、月謝を丸々返してくれるとか言ってるのよ。これは行くっきゃないわ。」

 

電話を下ろした正美は隆を呼んだ。

 

「隆!隆!」

「お母さん、近所に聞こえて恥ずかしいから大声で叫ばないでって言ったじゃない!」

「そんなことよりも、塾よ。塾。駅前にできた塾へ行くわよ。」

「行きたくないよ!つまんないもん。」

「何言ってるの!子どもの仕事は勉強よ。」

 

半ば強引に息子を連れ出す正美。

 

「イヤだって!」

「うるさいわね。そんなに言うんだったら部屋にあるおもちゃやゲームお父さんに言って捨ててもらうからね。」

 

隆は母親の一言で黙ってしまった。

 

 

「こんにちは、川崎さん。」

 

塾の先生は眼鏡をかけている細身の男性でかなり落ち着いている。

 

「では説明をさせてもらいますね。ご存知かと思いますが、塾と言うものは・・・。」

 

細身の男性の説明が続く。

30点アップはどこもかしこも当たり前で問題はそれ以降続くかが決定になるのだという。

ここの塾では、成績が伸び続けることを1年間約束してくれるのだと言う。

正美はこの先生の人柄や塾のシステムに感激し、入塾させる事を決めた。

旦那に電話して確認するとお前がいいって言うならなんて言っていたから正美が決めて良いようだ。

 

「成績を上げるためにはこちらの意向にはしたがってもらいますよ?ご家族の方にも協力を願う事もあるかもしれません。」

 

「あの、で、いつから通わせてもらえるのでしょうか?」

 

「契約は最低限一年切れませんがよろしいでしょうか?」

 

「子どもの成績が上がるんでしたら!」

 

「入塾する前に簡単なテストを受けてもらいたいんですが?」

 

「やっぱりですか。隆がんばるのよ!」

 

「あ、いえ、お母さんの方です。」

 

そう言われ、正美の顔はこわばった。

現役を退き早ウン年。流石に自身はない。

 

「大丈夫ですよ。テストって言っても、ただ、家庭生活に関してのアンケートに答えてもらうだけですから。こうしないと、勉強方法の改善とかもうまく行かないんですよ。では、あちらへ。」

 

そう言われ正美はテストを受けることとなった。

 

「制限時間は1時間です。なるべくこまめに答えてくださいね。」

 

質問は多々あるが

ほとんどが3択で構成されていて、当てはまる、当てはまらない。どちらでもないだ。

 

「何々・・・『自分は言い母親である?』まぁ、普通よりか少しはいいでしょうね。」

「『子どもの望みはできるだけ叶えている?』そうね。塾に通わせているんだもの将来の望みのため力を注いでいるわ」

「『子どもの話は聞いている』そうね。私は友達関係まで知っているから当てはまるわね」

「『旦那が子育てに無協力?』あぁ、これはYESね!あの人ったら不憫そうな目をするだけで私に何も言わないんだもの。全く、誰の子だと思っているのかしら。」

 

永遠質問に答えアンケートは終了した。

 

「お疲れ様でした。では、後日。」

 

数ヵ月後・・・

隆の成績はうなぎのぼりとなった。

だけど、最近隆の様子がおかしい。

 

「どうしたの?隆。せっかく成績が上がったのに。」

 

隆が喜ぶ母親にこう投げ捨てた。

 

「うるさいな!母親偏差値24(標準以下)のクセに!」 

 

「・・・母親偏差値って何のこと?」

 

「塾が教えてくれたもんね!ボクのお母さんは母親としての成績が低いって」

 

隆はそう言い部屋に閉じこもってしまった。

隆はいつまで経っても出てこようとはしなかった。

 

くだらない事を吹き込んだ塾に対し正美は文句をつけることにした。

 

「どうなっているんですか?私が偏差値24ってなんですか?」

「最初のアンケートは母親検定ですよ。どのくらい良い母親なのかなってだけでして・・・」

「そんなことどうでもいいわ。私は隆の母親よ。私以上の母親なんていないんだから。ウチの子に変な事を吹き込まないで頂戴!」

 

正美の怒りは頂点を極めているが

電話の向こうの男は冷静さを保っていた。

  

「しかしあなたも、自分の子を点数で判定していたではありませんか?」

 

「それは、隆のためよ!」

 

「同じ事ですよ。お子さんも他人の母親と比べただけです。」

 

「そんな、母親を見比べるだなんておかしいわ。」

 

「そうでしょうか?お子さんの意に反して塾へと面倒事を丸投げする母親を彼はどう思っていたのでしょうかねぇ?」

 

「それは、でも、隆の将来のためよ。」

 

「将来のため。将来のため。ですか?彼の話を聞いたことはありますか?」

 

「うるさいわね!何で他人のあなたにそんなことを言われないといけないのよ!」

 

「ふふふ。流石、偏差値24でいらっしゃる。見事に物分りが悪いのですね?これからは、お母さんが母親偏差値を上げるために今日から塾へ入ってもらいますよ。今迎えをさし迎えました。」

 

ピンポーン。

インターホンが鳴った。

 

「あなた、何を言っているの?」

 

「お子さんが、こんな偏差値の低い母親は恥ずかしいから塾に入れたいと希望されています。」

 

「私に強制させる気?」

 

「あなたも同じことをしましたよね?嫌がる息子を塾へ。」

 

「それとこれとは話が違うわ!」

 

「あ、いえ、お代は結構ですよ。お子さんの出世払いだそうですからね。」