以前してた『マールと魔法の絵本』

 

気が向いてきたので

 

というタイトルで

 

レイコーン


修正しながら再開

 

「ねぇ?桃乃木はしたいとか思わないの?」
 
 
「何を?」
 
 
「…キス」
 

「バカかお前?」
 

「キスしてみ?」
 
 
「何でそうなるんだよ?」
 
 
「だって桃乃木、私の事好きジャン?」
 
 
「ばーか!自惚れんな!」


週に数ページ更新中『Cherry's Diary


そろそろ完成しそうっす

 扉を開けると、光が溢れていた。
春の訪れがまだまだ遠い1月の真昼間だった。
そこには山田の年の離れた妹がつくった雪だるまがあり、そりが立てかけてあった。
雲は無く、まだ空に上りきらない太陽がちくちくと僕の目に飛び込んできた。
目を閉じると、氷のにおいがした。

「ねぇ?もう行くの?」と、山田が僕に尋ねた。

僕の方が頭ひとつ分ほど背が高いため、彼女はいつも僕を見上げる。
上目遣いで話すのは必然なのだろうけど、彼女の視線に切なさを覚える。

僕は携帯を見た。十一時少し前。

「そろそろ行かないと。」と、僕は山田に携帯を見せながら話した。

「新しい携帯にしたんだ?見せて」と、山田は僕の手を引っ張って半ば強引に携帯を見た。
指は小さく幼く感じたが、見かけよりはすべすべとはしていなかった。

「ねぇ、これ高い?」

「普通だと思うよ」外にもう一度目をやりながら僕は言った。

 反応は無い。山田の方を見ると、困ったような顔つきで僕を見つめていた。閉じた唇はへの字に曲がり、何か言いたげなように見える。そっと手を離す彼女。

「普通だけど、僕には高かったかな。」

僕は彼女の方を見ながらそう繰り返し、山田が離した手を握った。

 山田は黙って首を縦に振った。


 山田との付き合いは古い。
山田は高校の同級生だ。山田の成績は僕とは違い悪くなかった。

いつも彼女は一番前の左側の窓際の方の席にいた。
山田曰く、太陽の光具合でそこにいるのが一番見やすかったらしい。
そのためか僕が授業に飽き、窓際を見るたびに彼女の姿も一緒についてまわった。
それからごくまれに、示し合わせたかのように目が合うときがある。
最初は、それだけの関係だった。

 彼女と話すようになったのは高校での家庭科の調理実習中、僕が誤って彼女の右手を切ってしまったことがきっかけだ。
切ったとはいっても包丁の刃が少し当たった程度でそんな大げさな話ではない。
僕が悪いのだがキャベツの千切り中いきなり横から手を出してきた彼女にも非が無いわけではなく、事件が起きた日はお互いに謝り合った。
僕が傷を負わせた彼女の右手をつかみそのまま保健室に連れて行った。
事件の後はしばらく包帯を外さなかったがお互いにしこりが残るというわけでもなく普通に学校に通ったし普通に生活した。
むしろ、それがきっかけで彼女とは話すようになり仲がよくなったとさえ思う。
彼女の右手には十年経った今もその後がうっすらと残る。

 卒業後、いつの間にやら半年に一度交互に連絡を取り会う様になった。
まるで、渡り鳥のように正確に。
連絡をしても、不思議なことにお互いに予定の空いた日が重なっていた。
どういう理由でこんなことが起こるのかは僕には説明できない。
ただ、タイミングがいいのだろうと勝手に思い込んでいた。
「携帯ってさ、二、三年くらいで壊れるよね。」

彼女はどこか遠くを見ながら言った。

「前に持ってた携帯は、結構高いものだったけどすぐに電池切れちゃってしょっちゅう充電してた。初めて買ってもらった携帯はそんなに壊れたりしなかった気がするけどなぁ。」

「寿命が二、三年なのかな?」

と、僕は言った。

「え?」

と、彼女が聞き返してきた。

「山田。高校の時は三年使ってたろ?俺も前のは三年くらい使ってたからな」と僕は彼女の顔をみながら言った。

「そうかもね」と彼女はうつむき僕の携帯を手に取りながら言った。「なんかだか思い出も三年で交換するみたいで寂しいね」

「そっか」
と、僕は言った。

 そして、彼女はうつむきまた黙り込んだ。

 彼女に対してもう少し言葉を選んで話しかけないといけないなと思ってはいた。
もう少し、親切に、そして丁寧に。間違っても寿命なんて言葉使ってはいけなかったんだ。
言い訳をするわけではないけれど、前に彼女の母親に会ってからもう四年の月日が経っていた。
四年の間に従業員7人の小さな会社の新米社員だった僕はいつの間にか上司が2人になるくらいの中堅になり、もともと距離のあった彼女との家族の道のりはさらに雑木林のように険しく先行きの見えないものに変化していたのだ。


彼女の母親の顔を見たときの印象はこうだった。眠る女。ただ、単純に。
これから先地震がおきようが火事だろうが起きることは無い。
何かを山田に言わないといけない気がして口を窄ませた。
彼女にとって必要な言葉が何なのかわからない。
浮かび上がっては消える言葉を心の中で反芻するごとに心のこもっていなさに気付き口から発する前に飲み込んだ。

山田の方を見るたびに彼女が何かを待っているような気がしてしかたがない。
彼女の瞳にかかる前髪をうっすらと眺めながら僕は目を細めた。

「ありがとね。」

彼女が僕の手を離し言った。

「時間、大丈夫?」

「あぁ。じゃ、また後で」と僕は答えた。

それから、がんばれよとか、大丈夫だからとか、何一つ言わないまま僕は彼女の家を後にした。


 会社に戻ったのは一時廻った頃だった。
淡々と準備をしながら考えていたのは彼女との出会いだった。
自分にはもう救ってやれないけれど、彼女を救う手助けのできる仕事。
自分の脳裏とは裏腹に淡々と動き続ける指先を見つめながらそう考えていたいと、望んだ。

 僕が高校生だった頃に比べると、彼女の家はとても狭く感じた。
玄関の天井でさえ僕の頭をぐりぐりと押しなでる叔父さんの手のように感じた。
家にいたのは4人。彼女の父さん、弟、そして妹。
とりあえず居間に通されたが昔のように彼女の隣に座るなんて年齢でも無く、ましてや余裕も無く僕は席には座らずに、ただ挨拶しに来ただけだと部屋の戸のそばで立っていた。

それほど長い時間でもない。
その部屋で少しだけ昔話をしていた。
話をする中ちらちら気になっていた書類の数々。
当たり前といえばそうなのだけど、それ以上に気になっていたのは彼女の妹の学校の備品で部屋は僕が思っていたよりも妹の装飾品に犯されていたのは間違いない。

 それからの一日は彼女にとってとても大変なものだったに違いない。
会場に彼女の母親を連れ出しとりあえず、彼女の母親の式の式の準備をする。
内容の確認、段取りを彼女の父と話した後、簡単なこれからの流れを話した。
式は夜八時に終わったがその後、久しぶりに全員が集まった親戚一同との会合に気を使っていた。

「とりあえず、下の事務所にいるから何か必要なもんあったら連絡してよ」
と、僕は彼女に言った。
一日がはじまってからずっと戸惑っていた表情が少しだけゆるくなったのを感じる。
「大丈夫だよ」半ば自分に言い聞かせるように答える彼女の頭を僕はそっとなでた。
彼女達はこれから一晩母親を守り続けるのだ。
 
 事務所の窓から見える外の風景を眺めていた。
日が沈むとと昼間とは雰囲気も違ってくる。
あわただしく動いていた世界が静かな星空に見守られる住宅地の姿へと変貌する。
気がつけば時計は二時を廻っていた。
山田の事が気になった僕は毛布をもって階段を登り山田のいる控え室に向かった。
途中「グォー、グォー」と大きないびき声が聞こえるのに気がついた。
飲みすぎてそのまま床で眠ってしまっている人がいる。
僕は少し笑みを浮かべながら手に持っていた毛布をそっとかけた。

 彼女は母親のそばで正座していた。

「なんだか不思議だね」彼女が僕の方を見ずにそう言った。

「どうして?」僕は尋ねた。

「なんだか懐かしい。」

「そう?」

「そうだよ。」

彼女の言うことが何を意味するのか分からない。
けど、なぜかその気持ちが分かる気がするのはどうしてなんだろう。

「ありがとね。毛布。」

そう、彼女が言うと僕は彼女の隣に座った。


「お母さんの弟なんだ。」と、山田が大いびきの人を指差し言った。
「そうなんだ。お酒好きな人なの?」
「ううん。今日は特別」
そうじゃないかなってちょっとだけ思った。昔から彼女の親戚にお酒を飲む人がいる何て話を聞いたこと無かったから。箱から線香を取り出し火をつける彼女。
「お母さんさ、ずっと私たちの事大切にしてくれてたんだ」彼女のつけた線香の煙を目で追う僕。母の事を話す山田は悲しげでそしてどこか自分を励ますかのようにもう思い出してもおぼろげな頃の話をしていた。
「高校って楽しかった?」彼女に連れられ彼女の母に会ったのはちょうどそんな頃だった。
「いや、そうでもなかったな。」僕は正直に答えた。学校に行くのはどこか義務的で窮屈に感じていたってことを。
「でも、友達と会うのは面白かったけどね。」
「私も、あなたと会えてよかったよ。ある意味ではね」
「ある意味?」と、少し考えてから僕は答えた。
「葬儀の時とか段取りいいから?」と聞くと「まぁ、そうね。」と答えていた。
 
 ずっと昔に見たことがある光景。普段生活している中では決して見ることはないのだけど実はすぐ隣にいる自然なこと。当たり前の事何だけど改めて知り合いの晩がやってくるとその心の動揺に自分でも驚いてしまう。
 僕はその時、彼女の生い立ちを考えていた。どこで生まれどこで育ちどんな人に愛されていたのかってことを。幼い頃から見守って愛してくれた人が居間、もう目を開けることの無い眠りにつき僕達のそばにいる。彼女がそこにいるというだけで彼女の母親がどんな風に接してきていたのかがよく分かる。そんな彼女と会話している時、思っていたんだ。大切に思ってくれていた人がいなくなるってことがどんなに寂しいかってことを。そして、どのくらい大切に愛されてきたかってことを。

 こんなことを思うのは馬鹿げた事なのかもしれない。
僕はそこで眠る彼女のように

山田を愛してみたいと思ったんだ。

「手。」山田が言った。いつの間にか僕は山田の手を握っていた。

「うん。ゴメン。」

山田が僕の顔を覗き込み

「大丈夫?」と尋ねた。僕は平気だと言った。

 静まり返る部屋の隅で大きないびきが続いている。
まるで目に見えない誰かが僕の心を後押しするかのようにその言葉を言わせた。
 

「あのさ、山田。僕と結婚しないか?」

 
すると彼女はふっと笑って答えた。
 

「あんたさ、分別ないの?」
 

にかっと、僕は笑った。
 

「僕もさお前の母さんのようにお前の事、思ってるんだよ。」

 
「ま、考えとく。」
 

そんな会話をしている横で眠り続けている女の口元はどこか笑っている気がした。