高校3年生のとき
自由選択で履修していた
地理の授業が好きだった。


理由は、地理を担当していた
年配の男性の先生が
とっても明るくて面白い方で
笑いを交えて授業をしてくれる
その時間がとても楽しかったから。


ある寒い冬の日
ひとりの女の子がマフラーをつけたまま
授業を受けていて
一応規則的にダメだったので


先生が
「マフラーを取りなさい」
と、言った。


その女の子は
いつもの調子で笑って
ちょっとふざけて
マフラーを取らなかった。


みんなも笑って
いつものように先生は
面白く返してくれるのかなとか
思った。


すると、先生は
「取れって言うてるやろ!」と
大声で怒鳴って言って
マフラーをバッと、取り上げた。


教室の中が一瞬
しーん、と、なった。


先生がそんな風に
怒ったのを見たのは
わたしもみんなも初めてだった。


きごちない空気が流れた。


先生も、ハッとして
申し訳なさそうな顔をしたけど
何もなかったように黒板に顔を向けて
授業を続けた。


いつもみたいに
おちゃらけたりしないで
業務的にその時間は進み
終了のチャイムが鳴った。


わたしたちも
いつもなら授業が終わってから
先生と少ししゃべってから帰るけど
そのままみんな
無言で教室を去った。


次の日の授業では
先生はいつも通りだったけど
どこか罪悪感があるように
気を使って話していた。


わたしたちはなんとなく
誰も先生の話に乗らなくなって
みんな目線を逸らして
黙って授業を受けていた。


お互いに
ぎこちないまま
その関係が修復されないまま
高校生活が終わった。


先生、一言
「あの時は、怒鳴ってごめんな」
と、謝ってくれたらよかったのに。
わたしはずっとそう思っていた。


最近、ふと
そのことを思い出した。


あの時、
ふざけすぎたわたしたちも
悪かったよな。


わたしは
いつもとは違う様子だった先生に
何かあったのかな、と、思った。

だけど

みんな先生と話そうとしないから
わたしも同じでいよう、と、行動した。


そうか、悪かったのは
わたしだった。


その女の子に何も言わなかったのも
わたしだった。


先生はそれまで半年以上
楽しく面白く
授業してくださっていて


でも、先生がそれまで
わたしやみんなに注いでくれていた愛は
すべて忘れてしまっていた。


たった一回、先生が
怒鳴っただけで。


先生の事情を想像したり
先生どうしたの、って思ったのに
直接話を聞こうとしなかったな。


自分たちが悪かったって
謝ろうとしなかったな。


いつもの先生じゃない、って
勝手に失望して
それまでの思い出も
バッサリ切り捨てしまった。


みんなそうしてるから、って
そう思った「わたし」の思いと行動は
そのまま、わたしが「わたし」に
やっていることだった。


それは
今までずっとパターン化していた
わたしの現実そのものだった。


今、それに気づいた。


先生、ごめんなさい。
あのとき、ちゃんと話を聞いて
みんなで話し合って
またいっしょに笑える道もあったのに。


それを選ばなかったのは
わたしの責任だった。


それまでずっと毎回楽しく明るく
授業をしてくださって
愛を込めてくださって
本当に、ありがとうございました。


これからはその思い出と
感謝の気持ちを
ずっと胸に留めておきます。



もらった愛はなくならない。
だけど、失ったものは
戻ることはないだろう。


切り捨てたものは
他の誰かのように見えていつも
自分自身でしかなかった。


失ったときに初めて気づく
それは人間なら
仕方ないことでもあるかもしれない。


だけど、もうそれが嫌なら
そうしない道を選ぶ


どうすればもっと
愛にフォーカスできるか
愛を忘れないでいられるかを考える
それも、人間だからできる。


もらった愛
注がれていた信頼
与えられている恵みを
そういうものを
少しでも多く感じられるように
いつも忘れないようにしたい。


戦争や、悲惨な事件を
忘れないでいることよりも


それまでもらっていた愛を
忘れないでいることの方が


人間が同じ悲しみや苦しみを
また、繰り返さないために
より大切だと思うようになった。


もらった愛は、二度と消えない。


どんな目にあったのか
だれにどんなことをされたのか


それはあまり関係ないと
教えてもらった。


わたしは、何を思い
わたしは、どんな行動をしたか


最後に残るのは
本当にそれだけなんだなって
先生のことを思い出して
そう思った。


もう会えないけれど
先生に「ありがとう」を
せめて心のなかで
精一杯、伝えた。



繋がっている大切な人たちに
いつも、その気持ちに
フォーカスしていたいな。


それができる自分になれるように
がんばろう。