今年はどんな年になるんだろう。前向きな言葉を自分に投げかけて、嫌なことがあっても気にしなければ大丈夫って、何度も言い聞かせてみた。すぐに落ち込むへなちょこな自分だけれど、これが自分なんだからしょうがない。

 

 悩んで考え込んでも、生きていることに答えなんてなかった。そんなことは初めから分かっていたこと。

 

 今更、うろたえても何も変わらない。落ち込んで弱音を吐いたからといって、どこのどなた様が助けてくれるというわけでもない。

 

 もう、すべてを受け入れよう。ありとあらゆる現実を受けとめて生きよう。

 

 この先にどんな人生が待っているのか分かるわけがないが、どんな人生を歩んだところで永遠には続かないのだから。

 

 妬み、嫉み、恨み、すべて吐き捨てて、素直な自分で飾らずに生きていこう。

 

 そしたら、優しい気持ちで生きていけるような気がするから。

 世の中には理不尽なことが多すぎる。何ひとつ悪いことをしていないのに、事故にあったり、病気になったり、事件に巻き込まれたり。

 

 何故なんだろう。純粋で綺麗な心と貞操観念を持った人が馬鹿にされたり、真面目に生きている人が笑われるような世の中。

 

 自分はそんな綺麗な人間ではないけれど、そんな優しい命と綺麗な心を持っている人が幸せになれる世の中であってほしい。

 

 少年の頃は本当に純粋だった。人から馬鹿にされても純粋な心をもって真っすぐ生きていた。もう一度、そんな自分に戻りたい。

 

 もう一度、そんな自分に戻れるのなら、少しは心から笑えるようになれるかもしれないから。

 

 ”清らかな心で真面目に生きようとしている世の中すべての人が幸せでありますように”

 できるだけ笑って生きていたいと願っているだけなのに、一人になるとまた、憂鬱が押し寄せてくる。

 なんでなんだろう?飲み会とかは大の苦手、聞きたくもない話を聞かされて、聞かれたくないことをづけづけと聴いてくる人。周りにたくさん人がいるのに強烈な孤独感を感じてしまう。なんでこんな人間に生まれてきたのだろうかと、逃げ出したくなるけれど逃げ場所もない。自分がこの世界から消えていなくならない限りこの憂鬱は消えないのかも。そんな自分を変えたいと思うのだけれど何一つ変えることができない。

 前向きな言葉を自分に投げかけて励ましてみても時間が経てばまた、元の自分に逆戻り。

 毎日が同じことの繰り返しで、時間だけが虚しく過ぎていく。ただ、親よりも先に死んではいけないという気持ちだけで生きている。こんな自分だから結婚とかもできそうにないし、それだけでも親不孝だなと考えると、なおさら自分がみじめになってくる。

 これからどんな人生が待っているんだろう。考えても明るい未来は見えてこないのに、どうしていのかわからないのに、それでも容赦なく明日はやってくる。結局、なるようにしかならないのが人生なのかな。

 

 今ある自分を変えたくて、今までと違うことをしたいと思った。ギターサークルに入って演奏会に参加したりして、人前で話すのも苦手なのにソロで弾き語りをやったりもした。

 でもやっぱり人は本質的なところでは変わることはできないということに改めて気づいた。人前で話をすることも、やれば少しずつ慣れてきて、できるようにはなっていくけれど、できるようになるだけで本質的に苦手なものは好きにはなれない。

 だから、人間は本質的に変わることなんてできないのだから、無理に変わる必要なんてないんじゃないかって思うようになった。

 いつもマイナス思考になってしまって、そんな自分を変えたいと思っていた。相手がそんな気がないことでも、ちょっと冷たい感じがする行動をとられると自分が嫌われているんじゃないかと傷ついたりして、自分でも勝手にそう思い込んでいるんだろうなって客観的に見てみるとそう思うんだけど、その時はやっぱり悲しく暗い気持ちになってしまう。

 でも本質的にそんな自分を変えることができないのだから、そういう自分を受け入れつつも、そうでない自分にも目を向けていこうと思うようになった。

 何気ない言葉で傷つきやすい人は、それだけ感性が優れているからで、逆に考えれば何気ない言葉でも元気になれるんじゃないかと思う。

 自分が今できることを何でもいいから言葉にしてみたら、なんとなくだけど気持ちが軽くなるような気がした。

 目が見える。耳が聞こえる。話ができる。自分で歩くことができる。美味しいものを食べることができる。ギターが弾ける。自由に好きなところに行ける。

 ネガティブな気持ちになったときは、これとは逆に無意識にマイナスのことを言葉にして自分に投げかけているから、どんどん暗い気持ちになっていくのだと思う。

 それが分かっていてもなかなか変われないんだけど(笑)

 そういう自分を受け入れつつ、前向きになれる自分に目をむけられたらいいなと思う。

 本質的には変われないけれど、変わる必要なんてないんだ、もともと両方あるのだから、そこに気付いて心を向ければいいんだ。

 そう、どんな人間にも悪いところも良いところも必ずあるのだから。

 

 子供の頃は何をやっても楽しかったのに、今では何をやっても心が躍らない。

 

 このままじゃいけないと思って、走ったり筋トレしたりしてみたけれど、目的のない頑張りは長くは続かない。

 

 人生とは命を削って生きていくこと。いつかは終わりが来る。これまで、本当に数えきれない人が生まれ、そして死んでいった。死なない人間なんていない。

 

 今生きている数十億人もの人間も、ほんの百年ほど先の未来には生きてはいないのだから。永遠に流れる時間のなかでは、ほんの一瞬の人生。

 

 それなのに限られた時間の中で本当は自分が何をしたいのか、それすらわからない。

 

 本当に価値のある大切なものはお金では買えない、本当にかしこい人間はみんな、そのことをよく知っている。

 

 自分が死ぬその瞬間にお金や名誉、権力などがあっても意味はない。そしてその死は必ずやってきてしまう。それゆえに、生きることも死ぬことも、本当はたいして意味がないのかもしれない。

 

 自分の中にある色々な自分、死にたくなったときは生きたい自分を探そうとしている自分がいて、どっちが本当の自分なんだろうって考える。

 

 死にたい自分が本当なのか?それとも生きたい自分が本当なのか?

 

 自分でもよくわからない。

 

 死にたいと考えている人は世の中にたくさんいる。自分もそういう人間だから、そんな人たちの気持ちが分かる。

 

 だからこそ、そんな人たちに言ってあげたい。

 

 ”生きていても、いいんだよ”って

 

 なぜなら、自分も同じ弱い人間であり、そう言ってほしいと願うから。

 

 このブログを読んでくださっている皆さんにも、たくさん幸せが訪れますように!