Yさんとの出会いは
市民農園でした。
その時私は小学校一年生の息子と
農園を借りて農業をやって見ていました。
その農園を借りていたYさん。
Yさんとは話が合い
いろんな話をするようになっていました。
その時、その地域では
基地問題、オスプレイ反対活動などが
活発になっていました。
私は福島の裁判のサポートと並行して
オスプレイ問題にも関心を持ち
基地の座り込みに参加していました。
Yさんは、オスプレイのへリパッド建設予定地の
基地周辺にお友達が住んでいて
ヘリパッド建設反対の声を身近に
聞いていました。
その時の私にとって
ヘリパッド建設反対の人も
東電相手に裁判を起こす原告も
健康被害から子供を守れなかった自分も
全く同じでした。
被害者であり
弱者であり
支配されるもの。
権力の理不尽な行いに
なすすべなく翻弄されるもの。
そんな私にYさんはこう言いました。
「ヘリパッド建設に反対する友人の話を聞くのが辛い。
ベースに怒りがあり、怒りの矛先を常に探している。
自分たちの正当性の主張は誰かを批判することで
成り立っている。」
私はこの話を聞いて
Yさんに怒りが湧きました。
それは、殺意だったかも。
あなたに何がわかるのか。
私たちのような目に遭っていないから
そんなことが言える。
私たちは、厳しい現実を突きつけられている。
あなたは恵まれている。
あなたは被災者でもないし我が子が放射能汚染
の被害者にもなっていない。
ヘリパッド周辺にも住んでいない。
高みの見物的に言わないでほしい。
そう思いながら彼女の話を聞いていました。
彼女の話は、チクチクと胸に
突き刺さっていました。
しかし、彼女の話に強く反発する一方、
私は、裁判サポートとして多くの依存者を
増やしていないか?と言う思いもあったので
この時期に彼女と出会ったのは
本当に意味があったこと、天の采配だと思っています。
また、東電裁判の弁護士さんが
私たちスタッフにこう話していたことが
思い出されました。
「この裁判は、長くかかります。
長年気持ちを保っていくには怒りを保つこと。
怒りのともしびを消さないこと。」