3話


時間は回って放課後。

千恵はさっさと一人で学校を出て駅に着き、電車に乗っていた。

今どきの女子高校生らしく、放課後に友達とおしゃべりをするわけでもなく、遊びに行くわけでもない。

いつも只、淡々と家に帰り、淡々と家事を済ませ、床につく。

千恵には友達、彼氏がいるわけでもなく、家族がいるわけでもない。

彼女は今、一人暮らしをしている。

母が死ぬ前に浮気をしていた父とは、千恵が高校に入ったのを機に別々に暮らすようになった。

それを父から告げられたときも、千恵には薄々分かっていたし、別段、驚きもしなかった。

家でもほとんど居ないようなものだったし、変わることなど、特にないのだ。

お金は毎月、父の給料日の次の日には、千恵の口座に振り込まれていた。


ちょうど昨日がその日だったのだが、実は昨日、それが入ってなかった。

ならば父に電話でもすればいいことなのだが、今日はなんとなく父の家に直接赴くことにした。

自分のアパートからとりわけ遠いわけでもない。なので今日はいつもと違う方面行きの電車に乗っていた。


千恵が席に座った、その時だった。

隣の車両からガラガラと扉を開け、一人の男子校生が入ってきた。

どうやら座っている千恵に気づいたようでそそくさと寄ってきた。

千恵はケータイをいじっていて全く気づいていない。


「あれ、田中さんってこっち方面の電車だったっけ?」


ふと、上を向くと隣のクラスの木下真(きのしたまこと)が自分の前に立っていた。

「あ・・、木下くん?だっけ?」

千恵と真はもちろん、全くもって面識がない。

知り合ったのも高校になってからだし、千恵にとってはうっすらと「隣のクラスの人」という程度。

名前すらはっきり覚えていない。


「うん、木下真。田中さんっていつもこっちの電車じゃないよね?」

「うん。今日は用事があって。」


なんでそこまで知っているのか、と千恵は思ったが特に気にしなかった。

実は真は千恵にずっと好意を持っていた。

千恵の顔に似合わず、おとなしそうなところがどうしても気になるのだ。

真も同様に、大人しい性格で、成績もよく、誰からも好かれている生徒である。

そんな真が千恵を好きな事はいろいろと噂になっているが、当の本人である千恵は情報源すらないので気づいていなかった。


「用事かあ・・、塾とか?」

「いや、違うけど。・・まあいろいろ」

千恵はケータイをいじったまま答える。

「あー、そうなんだ。ケータイ、なにやってるの?」

真は千恵に興味津々。

「曲、とってんの。」

一方の彼女は何事もない様子。

「へー、僕もよく無料のところでとるよ。歌手とか何好き?」

「・・うーん、いろいろあるなあ・・。」


そんな他愛もない会話が駅につくまでの短い間、細々と続いた。


2話


千恵に話しかけているのは、となりの席の翔太(ショウタ)。

彼は知恵の幼なじみで、彼だけは昔の、心を閉ざす前の千恵を知っているためか、千恵が無視しようとお構いなしに接していた。

たまたま、今学期の席替えで千恵のとなりになったのだ。

「おはよう。」

千恵はバックから荷物を取り出している。

「うん。」

「今日も遅かったね、なんかさ、最近みんな朝勉強しだしてるじゃん?あ、来るの遅いから知らないか。」

翔太は、あははっと小さく笑うが、千恵は気にせず、机に教科書等をしまう。気にせず彼は続ける。

「でさ、ほら、アイツ。タクヤだよ、タクヤ。あいつさあ、マジありえねえの。俺たち、絶対勉強しない同盟とか言ってたんだけどさ、裏切られたんだよお~。こないだ朝きたら、勉強してやんの。あいつがだよ!あのタクヤが!塾一緒だけど、こないだ、89点とってたし!まじで、も~!」

「・・見てるよ?」

千恵が下を向きながら言った。

「え?うわ、まじ?」

翔太が前を向くと、そのタクヤと、隣の席のアケミがこちらを見ていた。声がだんだんと大きくなってしまったようで、どうやら聞こえたらしい。

「なんだよ?35点が~?」

タクヤが笑って答えた。

「うっせ、寝返り野郎が!」

そう言い放って、また千恵のほうへ向きなおすと、アケミがわざと聞こえる声で言った。

「てゆうか翔太も物好きだよね~、ちょっと最近キモイ~あははは」

千恵も翔太にも聞こえた。

翔太は気にせず、また話しはじめようとした。

「でさ、・・「ハイ、静かにー!」

ちょうどそこで先生が入ってきた。


この通り、翔太はおしゃべりで、自分の失敗や恥ずかしいことでさえもネタにし、まわりを笑わせるのが得意な、いわゆるムードメーカーであった。常にクラスの中心にいて、他のグループでも誰とでも話せた。

クラス内や学年でも人気で、先輩や後輩との関係もよく、先生からも好かれていた。

外見は、背はわりと高く、髪の毛はどっかのジャニーズのよう長めに伸ばしていて、毛先だけをブリーチで明るくしている。顔は素朴な顔立ちだが、鼻筋が通っていて、一見、真面目そうな印象を受ける。


「起立ー、礼ー、着席ー。」


こうして彼らの学校での一日が始まった。


1話


穏やかな朝の教室。

ここ、A高校、3年2組の教室では、受験に向け朝早くから勉強する生徒が増えてきていた。

A高校は都立の高校で、偏差値は平均より若干上といったところ。でも進学率は毎年高めで、3年にもなると、やる気のある生徒は、朝から勉強しにくる姿が多く見受けられるようになっていた。

また、校則が厳しく先生たちも一団となって指導に取り組んでいるので、だらしのない生徒は少ない。

なのでA高校は何かと評判のいい学校であった。


教室では十数名の生徒が机に向かっていた。残りの生徒はだいたいおしゃべりをしている。

時刻は8時20分を回っていた。A高校では、各クラスのホームルームは8字半、と決められている。

25分を回った。だいたいの生徒は席に着きはじめて、まわりの人たちでと話している。

そんな時、一人の生徒が教室ノドアを開けた。

彼女の名前は千恵(チエ)。

指導にならない程度に染めた、茶色がかった髪は肩より少し長めのセミロング。

毛先はよくすいていて、量が少ないため、何もしなくても自然なクセでウェーブっぽくなっている。

背は、背の順で並ぶとき、中心から少し後ろといったところ。少し高め。

肌は白く透き通り、夏でもあまり変わらない。そしてなんといっても彼女の特徴はその大きな瞳。

どもまでも深く、でもどこか幼い印象を受けるつぶらな瞳を持っていた。

そのため千恵はクラスでも、知らずと目立っていて、女子たちの憎き憧れだった。


女子生徒は一瞬、知恵を見るが何もなかったかのように、話しを続ける。

千恵もそのまま自分の席へと向かい、静かに座る。

千恵は別に友達が作れないわけではない。自分から作らない、というか作れないのだ。

心の奥底に傷を隠し持っていて、友達に話すことを恐れていた。

話したとしても分かってもらえないからだ。自分の家庭環境のことなど。

母の病死、父の浮気。

一見そのような家庭は少なくない、と思われ誰にでも相談できそうな気もするが、実際はそうではない。

少なくとも千恵はそうではなかった。たくさん経験して分かっている。

彼女は過去に何度か、友達に相談したことがあった。友達はもちろん話しを聞いてくれた。

千恵の心情や今の状況を。千恵も話してよかったと思っていた。その時は。

しかし彼女はそうではないと気づかされることになる。その友達は次の日、他の子へと話した。他の子も、また他の子へと話し、そして千恵自身に話しがまわり、本人が気づく。


「千恵ちゃんはおかしい子なんだよ。」

やはり、実際にこういう環境で育ってない子には、本当の意味で理解できないのだ。

「あの子の親って不倫してるんだって、だから千恵ってちょっと心に病気持ってるんだよ。」

千恵は相談できて、友達の素晴らしさを一瞬分かったように感じた。だがそれは、単なる自己満足にすぎないと理解しざるを得なくなった。

分からない人に話したって、分かってもらえるはずなどないのだ。

彼女はそのことを肝に銘じ、高校ではなるべく一人で心を開かず、会話も少なめにしてすごしてきた。

もちろん、そんな彼女に女子生徒は見向きもしなくなる。

だが、彼女を容姿だけを見て、近づく男子生徒が多々いるため、よく千恵は非難されていた。


千恵の席は一番後ろの席。

座るとすぐにとなりの生徒が話しかけた。