旅行二日目。
俺たちはぎりぎりまで宿にいて風呂に入り、
それからチェックアウトして動物が好きなスイのために動物公園に行った。
タクシーですぐの所にあるその場所は動物と触れ合える。
動物園に入るとスイはダーっと駆け出して
最初に目についた小型の馬の所へ向かう。
エサが100円で売っていてそれを自由にあげられるようになっている。
そばにある両替機で沢山両替してスイに渡した。
「お前、そんなに引っ張るなよ
・・・・・お前はさっき食べただろう?
これはこっちのチビの分だから食べちゃダメ!
・・・・・ハル!見てみて~、この子可愛い~」
「うん、可愛いな」お前がな、と言う言葉は心の中で言う。
『ただいまから・・・ただいまから・・・リスザルの・・・リスザルの・・・
エサやり体験が・・・エサやり体験が・・・あります・・・あります』
防災放送のようなアナウンスが聞こえた途端、
またスイがダーッと駆け出した。
なまじ運動神経がいいだけにそのダッシュたるや、
あっという間に遠くに行ってしまう。
「スイ!動物は逃げない。あんまり焦るな」
「なあに~?早く早く~」
俺が追い付く頃には既に熱心に動物園のお姉さんの話を聞いていた。
「ハル、写真撮ってね」
お姉さんから受け取ったエサの容器を手に持つがはやいか
小さな猿が寄ってきてスイによじ登る。
上手にえさをあげるスイの肩にもリスザルがとまる。
一瞬目を丸くしてクシャッと顔を崩しリスザルにほっぺをスリスリした。
あまりの可愛さに写真の事なんて頭から抜け落ちて見つめてしまった。
「ハル、写真撮った?」
「あっ」
「もう!」
むくれるスイにもう一カップエサを買ってやり、渡す。
今度はちゃんと写真を撮ってやった。
関係ない周りの人達も自分たちを撮りつつ
スイがファインダーに入るように工夫して撮っていた。
ふと、顔を巡らすと少し離れた所からスイをじっと見ている男がいた。
俺と目が合うとすっと離れていった。
見たこともない男だが、そいつもスイの魅力にやられたか。
「あっ!盗られちゃった!」
少し開いた容器の蓋の間にリスザルが手を突っ込み
残っていたエサを全部盗られたようで情けない顔で俺を見る。
もう一カップ買わざるを得なくなってしまった・・・
ここには色々な動物がいる。
そしてかなりなものが放し飼いだ。
うわ~、孔雀が!ワラビーが!カピバラが!と、
スイのテンションはあがりっぱなしだった。
そんなスイを見てここに来てよかったと、俺まで幸せになった。
「ねえ、ハル、ハルは楽しい?
はい、この餌あげるからあの子にあげてね」
小首をかしげてのぞき込む。
「ああ、楽しいよ」
エサを受け取りながら、俺のエサはお前だけどな、と思う。
その日はひとつの村のようになった宿に泊まった。
宿泊棟の他に離れ屋が点在し、田んぼがあり、川が流れている。
大浴場も銭湯のように離れた所に入りに行く。
窯元もあり、翌日にそれぞれ湯呑を作りお互いにプレゼントしようという事になっていた。
最終日、俺たちは苦戦していた。
「スイ、湯呑の厚さが均一じゃないぞ」
「だって、難しいんだもん。あーっ!」
グシャっとつぶれてしまい、残骸を両手に抱えて涙目になって俺を見た。
陶芸を教えてくれる先生は30代半ばくらいの男性。
「大丈夫、大丈夫。一緒にやってみよう」
そう言ってスイを後ろから抱きかかえるようにしたうえに、
両手を重ねて轆轤を操る。
まるでゴースト・ニューヨークの恋人っていう映画みたいだ。
馴れ馴れしい奴だな、嬉しそうな顔しやがって、と気が気じゃない。
「ほら、綺麗に出来たよ」
「ありがとうございます」
よそ見をしていたものだから
「およよ」俺のもグシャっとなった。
それを見た先生は
「何度でも出来るから頑張って」
おれには手助けなしかよ。
まあ、抱きかかえられるとか気持ち悪いけどな。
スイは男にも女性にもモテる。
だから、この焦りにも似た嫉妬の感情は
多分これからもついてまわるんだろうな、と思った。
ステキな恋人を持った者の宿命だ。
俺たちは出来た湯呑を棚に並べ、郵送の手続きをした。
「ハル~」
リュックだけを背負った身軽なスイが俺を呼ぶ。
「早く早く~、電車に乗り遅れちゃうよ」
両手にいっぱいの土産を抱えた俺を呼ぶ。
このドS小悪魔めー!
こうしてスイと俺の今年の旅行は終わりを告げた。
一週間後スイの部屋の食器棚の中にはお揃いの湯呑が仲良く並んでいた。
終