貼り付けとか挑戦するの初めてなので
できるかな?
できてるかな?
Yahooニュースの記事に気になるものがあり
読んでみました⬇
子どもに絶対言ってはいけない【全否定3要素】
という記事
やさぐれ️🦁は子を持つ親ですけど
思い当たることがあります
たくさん否定して子育てしてきてしまったと思い返します
やさぐれ️🦁は親でありつつも
自分を子どもの立場に置いてみると
子どもの頃に親から受けた心のキズが今も癒えずに傷みを持ち続けていることを感じます
忘れていても
ふとした瞬間にそれは甦り
また痛みとして自分を苦しめる
何かが起きて
落ち込むとき
失敗したとき
自分を責める原因があるとき
それは容赦なく押し寄せてきてやさぐれ️🦁を奈落の底に突き落とすのです
だからお前はダメなんだ!と
やさぐれ️🦁は散々親に否定されて成長したものですから
それはそれはもうキズだらけです(笑)
親に似ず不器用だ!
身体ばかりデカくて何の役にも立たない
ウドの大木
お前は拾った子だ
あの親父の子だから憎らしい
こうして書いている今でもその言葉たちに傷つき
動悸がしてきます
自己否定しかできない自分がいます
何かあるたび
⬆の言葉が心をしめつけ
だから私はダメなんだ
どうせ上手くいかないんだ
だから愛されないんだ
だって私はあの親父の子だから
母子家庭に育ったやさぐれ️🦁
自分を母の重荷だとしか思ってきませんでした
オシャレも遊びも外食も習い事も進学も
自分には縁のないもの
高校を卒業したら
就職してお母さんを楽させてあげなきゃね
という周りの言葉は全て刷り込みみたいにやさぐれ️🦁を洗脳したし
そうしなければならない重い十字架でした
今となればありがたいことなのかもしれないけれど
やさぐれ️🦁は幸か不幸か
就職まで決まっていたのです
近隣の方が斡旋してくれた事務職が暗黙の了解として見えないレールが敷かれていたのですよ
やりたくてもやれないひともいるし
就活することなく行ける先があるなんて
どれだけ恵まれているのかわかるか!
言いようのない大きな圧力にこっそり企業訪問を予定していた当時のやさぐれ️🦁は
へし折られ断念
このまま就職するしかないんだ
就職するのがイヤなのではなく
自分の就く仕事さえ自分で選ぶことができない自分にジレンマ
敷かれたレールを脱線する勇気もない自分
もう誰に反発することもできなかった
やさぐれ️🦁ちゃんは
高校卒業したら就職していい旦那さんと結婚してお母さんを楽させてあげなきゃね
子どもの頃から繰り返し言われ続けてきた言葉
に操られ
で、在らなければならない自分にさせられていく
やさぐれ️🦁にとっては悪魔の呪文でしかなかった
お母さん孝行しなきゃねというワード
そう…
人間は悪魔
悪魔は人間なんだ
ひとのカタチをしてやさしいことを言ってるように見せかけ
実は心を蝕んでいく
じわじわと広がり
姿を変えてダメージを与える毒だ
子どもを否定してはいけないという
記事を読んで
少しホッとした自分を見つけた
40代50代になっても毒の影響が抜けず
心を痛めたまま生きているひとが世の中にはたくさんいる
やさぐれ️🦁だけじゃないんだ
そしてきっとその毒の原因となった親達はやさぐれ️🦁達みたいな人生半ばの年齢になった人間が
子どもの頃の心無い言葉に傷つき
今もなお苦しめるその悪魔の呪文に苦しめられていることになど
気づかない
やさぐれ️🦁が
小学校の頃
遠足の前に切り替わった体操服のデザイン
記念写真に写る周りはみんな新しいそれに身を包む中
やさぐれ️🦁ともうひとりの女の子だけが古い体操服のままだった
あまり移行期間がなかったにも関わらずよその親達は準備してくれていたのでしょうね
けど、その子は名前の漢字が特殊な為
刺繍が間に合わずやむを得ずという理由があり
(体操服には名札は付けない決まりがあり名前は刺繍だったのです)
全く取り合ってもらえなかった自分は
別にそんなのいいんだ!と一蹴されて終わり
みんなは着てるのに?
間に合ったのに?
あの子の刺繍が間に合っていたら
やさぐれ️🦁だけだったんだよな、古い体操服は
(苦
小学校初めての運動会の日
登校した朝の下駄箱で目に飛び込んできた景色は驚き
田舎の小さな小学校あるあるで
下駄箱全部に真っ白い同じ靴が入っていたのです
運動会にと購入した運動靴はサイズ違いの同じ型のものばかり
小さな田舎町では
靴屋さんなんて数えるほどしかないので
種類も今みたいに豊富でない中で選ぶというより
サイズのみ違う同じものになるのは
当たり前のこと
みんなが新しい同じ靴なのは
今考えればわかることも
当時の子どものやさぐれ️🦁にはとてつもない衝撃だったなぁ
うわぁ!
みんな昨日とは違う靴だ!
新しい靴で今日を過ごすんだ!
その頃田舎町の小学校の運動会はある意味お祭りみたいなもので
地域ぐるみのアットホームな行事ごと
消防団やら婦人会、市長さん議員さん
何やらかんやらみんなで楽しむお祭りみたいな
みたいな中
やさぐれ️🦁は昨日と同じ薄汚れたマンガキャラクターの描かれた赤い靴で
みんなの履く靴ひものついたシューズとは違ういつもの靴で
なんかこう情けないキモチで足元が気になり楽しくない運動会
帰宅後勇気を出して母に聞いてみました
何でやさぐれ️🦁はみんなと同じ靴(ヒモのついたやつ)じゃないの?
みんな運動用の靴だったよ
やさぐれ️🦁もヒモのやつがよかった!(⬅運動会終わったけどな(笑))
と言ってみたところ
どうせヒモなんて結べないだろう
運動会だからと一日のためにわざわざ新しいものなんて買わなくていいんだ
とバッサリ
いや、翌日からもみんなその靴履いてましたけどね
母子家庭は貧乏
贅沢は敵
どんな時代錯誤を背負って成長したんだやさぐれ️🦁
早く大人になりたかった
大人になって就職して給料もらって
親に負担をかけない自分になりたかった
そして
自分の給料でそれまでできなかった外食とかしてみたかった
もちろん親を連れ出してご馳走できる自分をみせたかったから
実際そうなってからも
外に出るのがめんどくさいとか言われるありさまで
何から何まで喜んではもらえない人生を送りまくるやさぐれ️🦁
結婚も出産も何もかもThe否定のオンパレード
で、極めつけが
あの親父の子どもだから憎らしい!というね
突き落としィィィ⬅IKKOさん風に
あの親父の子どもだからということは
やさぐれ️🦁にどうにできることではなくて
その憎しみをやさぐれ️🦁にぶつけられても
やさぐれ️🦁はどう対応すればいいのか?
やさぐれ️🦁は次第に存在価値のない存在なんだと思うようになりました
いや、そんなこと言ったら
ハズバンドに失礼ですから言えない
言っちゃいけない
のですけども
でも
やさぐれ️🦁の心底にはいつもある
やさぐれ️🦁はあの親父の子どもだから存在価値がない
あの親父の子どもだから憎らしい
母にとってはそういう存在なんだろうな
という言いようのないおもい
やさぐれ️🦁ね
愛されたかったですよ、普通に
もちろんハズバンドも今は亡き祖母も祖父も叔父も
無条件にやさぐれ️🦁に愛情をくれたけど
母の視線には心が苦しくなる自由じゃない自分がいます
あれしちゃイケナイ
これしちゃイケナイ
こう在らなければならない
服も行動も何もかも
いまだに母の視線を気にしてしまう自分
どんな努力をして苦難を乗り越えても
フルマラソンを走りぬいても
何も母には誉められたりしない
自分の子どもを誉める親なんていない!
そう言い放った母
まぁそりゃわからなくはないけども
やさぐれ️🦁は親に誉められた経験がありません
きっとこの先も
自分の過ごした育児期間を親に頼れなかった子育て時代
ハズバンドも忙しかった当時
今でいうワンオペ育児に奮闘する中で
やさぐれ️🦁も毒の言葉を使ってしまってきたのだろうな
上(親)から傷つきダメージをくらい
下(子ども)から
エネルギーを搾り取られ疲弊する
あぁ自分のしてきたことって何だろう?
あの親父の子どもだから憎らしい
という自分の父親がどんな人物なのか?
やさぐれ️🦁は知りません
けど
夫婦のあいだに何があったとしても
それはやさぐれ️🦁に責任のあるものではない
少なくとも
やさぐれ️🦁にはその憎らしいDNAが流れているから
その目が親父そっくりで憎らしい!と母は言うのだろうけども
だから
容姿にも自信はない
似ている目
きらいなんだろうな
やさぐれ️🦁けっこう闇深いのです
探ればもっとありますよ(笑)
デカいから似合わないと買ってもらえなかったカワイイワンピースへのコンプレックスとか
と、まぁね
ハハ(´▽`) '` '` '`
言葉は暴力なのだと
改めて思う次第
マイレボリューション!
言うほど
簡単じゃない
でも自分で取り組まなきゃダメなんだ
ハズバンドに相談して
カワイイワンピース買ってみようかな?
ウソでもいいから
カワイイって
毎日ハズバンドに言ってもらおうかな
やさぐれ️🦁ね
傷つき過ぎて鈍感になってる
敏感じゃなく鈍感
耐えて耐えすぎて
何がキズだかわからない
大丈夫、大丈夫ってムリしてきたから
こんなのキズじゃないって痛い自分に気づいてあげられないよ
同情じゃなく
自分の傷み
自分が自分をわかってあげなくちゃなって
誰かに助けてもらいたくていつもそんなシンデレラコンプレックスを持ってしまった
あぁ!
嗚呼ちくしょう⬅(笑)
かわいく生まれたかったよ
見た目じゃなく
ブサイクでも
カワイイかわいいって育てられたかったよ
だから!
やさぐれ️🦁フレンチブルドッグがすき(笑)