2006年はたくさんのいじめのニュースを報じてた
そのニュースを見る度に思い出すのが自分の過去ってあたり少し笑える
うまく言葉に表すことはできないけど
あたしの場合は狭い地域、過疎地域だったから生徒数も少なかった
噂はすぐに広まる地域、めったにこない転校生は変わり者
味方なんて存在しなかった
親の前でもいやみを言われた
そうだ、そんなこともあったかもしれない
理由なんて簡単だった
「先生達に目をかけてもらえる転校生気にくわない」
靴の中には砂がたっぷり入ってた
だからお返しに画鋲をたっぷり入れてやった
酷い言葉をくらった
その分そこを修復しようと努力した(勉強も運動もトップになった)
ボールがたくさん飛んできた
足下に転がして転ばしてやった
小学生のくせにツンとしてた
一人対大勢ってのは辛かったけど
負けたくなかった
中学に入ってからは教師から「いじめ」られた
中学校じゃ頭が悪いとか、そんなかんじ
みんな勉強だけが取り柄だった
アタシは中の下だった。
やることがけっこう過激で(昼休みにコンビニに行ってみたり)
先生に目を付けられた
すべてがあたしのせいだった
机の悪口も
あらぬ暴言も
生徒も教師の言いなりだった
あたしは「悪者」だった
呼び出されてしかられて
やってないと言っても
「あんたしかいない」
保健室に行ったら担任が来て
殴られて、「お前なんか死ね」って言われた。
お望み通り死んでやるって手首かっきった。
周りの生徒は同情なんてしなかった
白い目で見てた
暴力よりも痛かったのは
視線と言葉
あたしは負けたくなかった
辛かったけど
負けられなかった
こんな奴らに
どこに行ってもいじめは存在する
人がみんな違う限り
同じ性格をしてない限り
同じ好みをしてない限り
いじめは存在する
だけど
地球の人口(確か65億人?)の中で
たった数人にいじめられているだけじゃないか
確かに65億人が敵じゃ、ちょっと難しいかもしれないけど
たった人生の半分も生きていないような人間が
そんなちょっとの人間にあっただけで命を絶つもったいない
だって、これまであなたが生きてきてるってことは
何かしら誰かからの支えがあるから
生まれるのに母の体を借りて
さすがに生まれてからすぐ立ち上がって食料を探しに行くような
威勢のいい赤ちゃんはいないから
だっこされて、
かわいいねって言われて
ミルク貰って・・・
手をかけてくれるってことは、
嫌いじゃないわけでしょ
てかそんな子育てとかかったるいことしてくれるってことは、
どっちかっていうと好き寄り?てかむしろ好き?みたいな。
今の苦労が全てじゃない
だって、精子の時点でかなりの競争したわけだし
死闘を制したのが君なわけだし
それにくらべたら一時のいじめなんて
”なにそれ”だ。
”いじめられる”時間を利用する。
欠点を見つけて、それを克服して
ますます努力なんかしちゃって
将来テレビに出る
「いや昔はね、いじめられてたんですよ~」なんて
そんな夢をみるのもいいんじゃないかな、と。
父ちゃんの精子レースの優勝者の君が
ちょっとのいじめで死んじゃったら
2位の人にも3位の人にもその他の人にも申し訳ない
だから、もうちょっとねばってみようぜ、みたいなね。
死なないで、とか、そんな風には言わない
でも、あたしもかなり辛かったけど、ねばってる
そうするとね、案外悪くないこともあるんだ
いじめる人に対しては
そうだね、うん。
一人をよってたかってどうこうするようなレベルの低い人に言う言葉は
なーいアハハ
ただ、一つの見解として書いたけど、
なげぇなおい(笑)
最後に、
とりあえず今、あたしは生きてるよ
いじめとかあったけどなんとか今キーボード打ってるよ
小さな中での「いじめ」の世界から一歩抜け出すと
まじ、世界は広い気がしたよ
そうだ、イギリスに行ったとき
向こうの人、笑顔で挨拶してくれたよ
案外あたしゃ嫌われてないみたいだよ
てなわけでテーマにそって書いてみました。
Pray+++
(キ`∑´ケ)
■□■□■
どうしても伝えたかったので今更ですが追記します。
この日記を書いた後、メッセージが届いたんです。
そこには一言だけこう書いてありました。
「明日から、学校に行きます」
そう、新学期の始まる一日前。つまりおとといに来たんです。
あたしは意味がよく分からなくて、同じ学生同士憂鬱なんだろうな、と
「明日から新学期始まりますね、憂鬱だけど頑張りましょう」
と返しました。
でも、彼はそんな単純な意味でメッセをくれたわけじゃなかったんです。
彼はもう一年位学校に行っていないそうです。
いじめにあってから学校が怖くなったそうです。
私の記事を読んで、気持ちが軽くなったと、頑張ってみると
そう言ってくれました。
本当に小さな勇気が
立ち止まって立ちはだかる壁を登らずとも
その壁に自分から触れてみる勇気が
後にその壁をよじ登るための道具へと代わるのかもしれない
この日記を見て
うなずいてくれる人もいれば
首を振る人もいる
「勇気をもらいました、ありがとう」
と、その言葉は私にとってもいいエネルギーになりました。
私は、止まることが悪いことだとは思いません
逃げることが恥ずかしいことだとも思いません
ゲームをやってみてください
戦いの場面には「逃げる」のコマンドがあります
HPがあと少ししかないのに
あなたは「カゲブンシン」しかできません
相手なんて倒せるわけがありません
ゲームなら「リセットボタン」がありますが
人生に「リセットボタン」はありません
「リセット」して逃げるのは
何もなかったこととしてフタをするようなことは
ちょっと格好悪い
一度「逃げ」ても
戦闘態勢を整えて
レベルをあげてもう一度挑めば
あなたは敵に勝てるかもしれない
止まって、回り道をして戦闘態勢を整えることは決して悪い事じゃありません
万全にととのえてからいざバトルフィールドに出れば
きっと世界観も変わって、
今までどれだけ粘っても勝てなかったライオンのように強い敵が
ねずみのように小さく弱く見えるかも知れません(どっちにしろかみつくけどね)
私が彼の中に
「助言役の街のおばあさん」として登場できたことをとても嬉しく思っています
大丈夫。いくら立ち止まってもいくら遠回りをしても
生きていれば戻ってこれるから
生きて頑張ればいくらでも再チャレンジできるから
1月10日追記
Pray+++
(キ`∑´ケ)