テレビドラマ「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」森昌子 | 良(りょう)のふるさと情報+芸能情報

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      想い出つづるメモ用紙

1週間前にテレビドラマ「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」をYouTubeにUPしましたところすごい反響で視聴者が4万人を超えました。改めて詩の全文を紹介します。

 

 

お母さん、

ぼくが生まれてごめんなさい

 

ごめんなさいね お母さん

ごめんなさいね お母さん

ぼくが生まれてごめんなさい

ぼくを背負う母さんの

細いうなじにぼくは言う

ぼくさえ生まれてなかったら

母さんの白髪もなかったろうね

大きくなったこのぼくを

背負って歩く悲しさも

「かたわの子だね」とふりかえる

つめたい視線に泣くことも

ぼくさえ生まれてなかったら

 

この詩の作者山田康文くん

出だしの ごめんなさいおかあさんだけで

1ヶ月かかったという

気の遠くなるような作業を経てこの詩は生まれました

 

この母を思いやる切ないまでの美しい心に対して

お母さんも彼のために詩を作りました。

 

わたしの息子よゆるしてね

わたしの息子よゆるしてね

このかあさんをゆるしておくれ

お前が脳性マヒと知ったとき

あぁごめんなさいと泣きました

いっぱい いっぱい 泣きました

 

いつまでたっても 歩けない

お前を背負って 歩くとき

肩にくいこむ重さより

「歩きたかろうね」と母心

″重くはない″と聞いている

あなたの心が せつなくて

わたしの息子よありがとう

ありがとう 息子よ

あなたのすがたを 見守って

お母さんは 生きてゆく

 

悲しいまでの がんばりと

人をいたわる ほほえみの

その笑顔で 生きている

脳性マヒのわが息子

そこのあなたがいるかぎり

この母さんの心を

受け止めるようにして

 

康文君は先に作った詩に続く詩をまた作りました。

 

ありがとう お母さん

ありがとう お母さん

 

お母さんがいるかぎり

ぼくは 生きていくのです

脳性マヒを 生きていく

やさしさこそが、大切で

悲しさこそが 美しい

そんな 人の生き方を

教えてくれた お母さん

お母さん

あなたがそこに いるかぎり

 

康文君は重度の脳性麻痺で8歳の時、

奈良の明日香養護学校に入学しました

不自由児のための特殊学校で。母子入学でした

 

1975年に体の不自由な子供たちが集うタンポポの会が

「わたぼうしコンサート」を開き康文君の詩が披露されました。

このコンサートはフジTV「小川宏ショー」で取り上げられ

遠藤実さんが作曲し森昌子さんが歌われました。

 

このコンサートの数ヶ月後康文君は突然天国へ行ってしまいました

死因は窒息死でした。

15歳の誕生日を迎えた直後だったそうです。

 

康文君の先生の向野先生は

あの子の詩は障害者が「ごめんなさい」なんて、言わなくても

すむような世の中であってほしいというメッセージ

今もこうして皆さんの心に呼び掛けているんです。

 

 

 

テレビドラマ「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」森昌子

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