我が板橋は、23区の中でも、貧困家庭の占める率が上位だ。家庭環境がいい割合は少ない。いわゆる民度というやつが決して高くない。荒川の北岸の諸都市ほどではないにしても,中国語を聞く機会はかなり多い。

でも、新型コロナのおかげで、若いパパがママと一緒に幼児を連れて、公園に遊びに来てくれるのをよく見かけるようになった。すぐそばにある広場はマンションが板橋区に無償貸与しているが、以前は、喧嘩ジジイの僕が,犬を連れ込んで糞尿をまき散らして平気なおばさん爺さん連中を罵倒して、追い出していたのが、今は、幼児と両親、子供達の声が絶えることがない。自分の町が自分の町であることをあの人達は実感しているに違いない。犬のトイレだと思っている連中に限って、よその街から来る。悪臭が漂うのは自分の街ではいやなのだ。この傲慢な利己主義には我慢がならない。

でも、今は、幼児が砂を拾い、子供が、自転車を乗り回し、年寄りがベンチでひなたぼっこ。

いいなあ、コロナよ、いなくなるなよな。

我が最愛の孫娘5歳は,ダウン症。全く言葉が話せない。言語的には,健常児の5分の1以下しか発達しない。10歳になったら2歳くらい。20歳で成人式、あっ,もう僕は生きてはいまいが、20歳の時に4歳くらいまで行ければいいなあと思う。自分の思いと、自分と他の人、自分と世界が言葉を介して、整合的な関係を気づければいいなあと思う。

あらゆる、悪徳から自由なダウン症の子は,天使である。我が孫娘も,一日になんども,天使だ、と思わせる振る舞いを見せてくれる。

でも今日は、昨日の夜あまり眠れなかったと後で聞いたのだが、午前中、機嫌が悪かった。おんもいこう、散歩しよう,自転車乗ろう、ブーブ乗ろうといっても、絶対に聞かなかった。あまりにいい天気だったので、抱っこして、15キロだよ!抱っこして表に出た。腰が痛み出すのは承知の上。家にばかりいるのはダメだよ。公園に着く頃には,少し歩き出した。蚊に刺されながら僕は,孫娘がベンチから歩き出すのを待っていた。じっと、他の幼児が小さな自転車に乗ったリ、一輪車を走らせるのを見ていた。臆病なのだ。自信がない。こわい。他の同じくらいの子が楽々と出来る事が全然出来ない。骨も、筋肉も、神経も,発達しない。ベンチに座ってじっと見ている。蚊に刺され内容の僕は必死で、帽子を振り回し続ける。後で帰宅したら,腕の下側に5カ所刺されていた。板橋の公園の蚊は意地が悪い。

でもカルピスを買ったら半分近くのんでくれた。喉が渇いていたのだ。かえってから昼食。れいによって、「はん」といって、白い炊きたてご飯だけ、たべた。清見がスーパーから消えたので、仕方なく、アメリカのオレンジを切って、むいて、あげたら、なんと、食べた。器を口にして、残った果汁も飲んだ。「ジュシュ」だって。昼寝をしている間に、ジグソウパズル30ピースを買ってきた。塗り絵と30色水性ペンも。赤い色が大好き。あ、左足すねに蚊が刺していた。痒がる。ごめんね、気づかなかった。赤ん坊ムヒを分からないように塗る。気づくと、「いや」まいっか。

またあしたね。おやすみ。二階の窓から、暗い道の自転車の後ろの席に呼びかけた。「ばいばい」と返事をくれた。幸せだったなあ。いつまで続けられるか。

実際には昨日だから、5月22日に、老妻分と一緒に、口座に振り込まれていた。不労所得というか、税金がここまで回ってきたというか。コロナで特に被害を受けない、退職老人夫婦だから、年金が少し、余分に入ったという感覚。このFMVが、コーヒーこぼしで、右上の6つくらいのキーが腐食し恥じてているから、とて、8万円の修理をしないで、新しいのを買おうと思っていたので、これに当てようかと思う。どうしても、コーヒーを横に置いて、PCをいじるから、こぼす。でも、デスクトップは、本や辞書のスペースをとるから躊躇する。どうしよう。後ろにある、10年選手の古いデスクトップは、とにかく、僕の足より遅いから、ううううん。

昨日は、ダウン症の孫娘が一人で泊まっていった。夕食も、一緒に.ただ、この子は、生まれてこの方、5歳になっても、食欲というものを知らない。何かを、食べたいとは思わない。テレビを見ながら、塗り絵をしながら、「ジュシュ」というのが精一杯。「ジュースちょうだいな」と何度も言わせようとするが、「ジュシュ、ダイ」がせいっいぱい。言葉が全く自由にならない。1歳未満の赤ん坊か、それ以下の能力しかない。TOILETも一日に一回か二回あるかないか。新陳代謝が悪いのかなんなのか。水も飲まない。那須グリコ製の、赤ん坊用野菜ジュースばかり。

昨夜は、肉じゃがの、シラタキを大さじに一杯くらいは食べたし、「はん」というご飯を、お茶碗に子守で1杯食べた。それだけ。今朝も、バナナ大きいのを3口くらい。昼食もうどんを大さじ2杯くらい。

夜は、どうしても、お風呂に入らないと、いつものようにだだをこねるので、仕方なく、歯磨きだけは、押さえつけて、少し出来た。チラージンという、常用の薬がなかったが、一日くらいはいいか。となった。パジャマに着替えないと言うからそのまま、布団に入って、9時過ぎ、寝息を立て始めたと思ったら、老妻がなんとドアを開けて、何かを運び入れた。それを切っ掛けに目を覚まし、と何で横になっていた僕の顔をいじりだして、なにか言っている。あああああ。絶望。そしたら、幸運の女神。「たい」と言う。トイレに行きたい、という表現。やったあ。トイレに老妻が、連れて行っているすきに、僕は、二階に上がり、息をひそめた。奇跡。何も音も声もしない。翌朝、今日したから、ジイジ、と大声で呼ぶ声で僕が降りていくと、なんと、あのままトイレから帰ってすぐに寝たのだという。そういう恵まれた日もあるさ。

晴れたので、午後、ゴーヤ6苗、ニチニチソウ2はち。何とかを、一鉢。土25キロひとつ。レタスは虫にやられ、キュウリは何とか病になるので、丈夫な、ゴーヤが今年も蔭を作ってくれるだろうか。

シャークのハンディクリーナーがすごい。車だけの予定が、階段、本棚、ベッドの後ろ、大活躍。

6月3日からの授業が本決まりになりそう。クラスを半分に、15人ずつの生徒を,隔日に登校させて、おなじところを2回やるという。午前中授業で、しかも、生徒には口をきかせないで英語を教えるという。なんじゃああああ。ムリでしょ。同席した、カナダ人の講師も、にやにや、するだけ。フェイスシールドを図工の先生が手作りしたのが、あったが、透明性に欠けるので実用的ではない。まいっか。果たして、どんな授業展開になるか。むしろ楽しみになってきた。破天荒。