アメリカで、国民全員が医療保険に入れるようにと企図された、オバマケアと呼ばれる保険制度が導入されたとき、何を今更と、アメリカ人は日本の国民保険のような制度を持っていなかったのかと呆れた。その記憶がまだ残っている昨日、州裁判所が、オバマケアを憲法違反と判断したという記事に接してまたまた愕然とした。保険を強制してはいけない、というのだ。自分で事由に保険を選び、入りたい人は入ればいい、一律に、全員が、医療保険制度の中に入ることはないというのだ。自動小銃であっても、学生や子供や黒人達が大勢犠牲になろうが、圧政から自由を守る武器だからてばなさない、これを取り上げるのは憲法違反だとする国だから、こうなるのだろう。
では、我が孫娘のように、障がいを持って生まれた子が大人になり、自分でお金を稼ぎ出し自分で保険に任意ではいる、という構図を彼女の成長を支援している僕に描けるだろうか。無理。アメリカでは今までどうなっていたのだろう。金持ちはすばらしい保険に入り高度医療を受け、貧しい人たちは、安い保険に入るか社会保障費でまかなってもらってたらしい。これを自由というか。我が孫娘はダウン症だから、保育費、食費、医療費、交通費がだいたい年間350万円かかる。年間だ。それを、日本の社会保障制度と国民保険制度が支えてくれている。日本人で良かったなあ。あまりかだったらどうなるのだろう。同じ境遇のアメリカ人はどうしているのだろう。我がダウン症の孫娘は、今毎日保育園に通い、心臓の穴も塞がりつつあるし、右目の視力も改善しつつあるし、まだ言葉を話せないが、意思表示をするようになったし、走れないしジャンプも出来ないけど、早足で、両手を広げて歩けるようになったし、骨も筋肉もついてきた。「待って、待って」と、後ろから声を出すと天にも昇るような喜びの声を上げて、歩みを早める。日本に生まれず、アメリカだったら、どうなっていただろう。孫娘の家庭は超がつく低所得の家庭だから、アメリカなら恐らくこうは行かないだろう。自律自助の国是なら。専門家が栄養バランスを考えて毎日すばらしい食事を出してくれる保育園で、我が孫娘は、食事時間を全部使い切ってもなかなか食べきれないほど、食べるのが遅い。でも、担任の先生も辛抱強く待ってくれるし、クラスの仲間も、彼女の名前を呼んで、ひとりぼっちにはしない。日本にうまれてよかったよなあ。
