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あまこフリースクールのブログ

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リカですニコ

 
これから石井米雄先生が2003年に出された『道は、ひらけるータイ研究の五〇年』の内容や感想をご紹介していきます。
 
本は薄いが(←余計な感想w)、中身は詰まってると感じてるので、たぶん4回に分けて…
 
~~1章 中退また中退~~
石井米雄先生は1929年に東京に生まれる。
終戦後早稲田第一高等学院の理科に入学する。
理系のはずが数学がめっぽう出来なかった。
しかし、この頃言語への興味が湧き出した彼は、ドイツ人アルマ夫人のドイツ語教室に足しげく通い、学校をサボってはフランス映画を観にいくという生活を送る←
 
学制改革の年である1949年には、高等学院の廃校と同時に新制早稲田大学への編入をはたす…かに見えたが、理工学部に進めるわけもなく、
「いっそ文学部に転部しよう!言語学を勉強したい!」と早稲田の文学部に転部する。
 
言語学志望であるにもかかわらず殆ど言語学らしき授業のなかった早稲田では、授業に興味がなく…w
その頃、小林英夫先生の講義を盗聴したことがきっかけで、東京工業大学の小林先生の研究室にいりびたるようになる。
小林先生のすすめでシャム語(タイ語)を勉強するため、東京外国語大学に入り直そうと受験勉強をはじめる(ここで早稲田は除籍)。
上矢印中退1回目
 
その後、無事に東京外国語大学大学に入学し、シャム語を学びはじめる。学ぶうちに、「本物のシャム語に触れたい!」と考えはじめ…
授業もそこそこに(おいっ!)外務省に入ることにする。
上矢印中退2回目
 
官房長付を1年つとめた頃、官房長が「ご褒美に君の行きたいところへやってやろう」と言うので、
 
米雄氏「タイの留学生にしてください!」
 
…1ヶ月後に受け取った辞令には、「在タイ大使館勤務、外務省留学生を命ず。」とあった。
 
つづく
 
 
上矢印チャオプラヤ川らしき川