誰かの言葉はあなたの心

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年頭に伯母に会ったとき、伯母が母に語ったことに、母は“私には言えんわ”と伯母の生きる意欲に驚いておりました。

 

“京ちゃんが1人になったら寂しいやろうから、京ちゃんが死ぬ時まで、私も生きてたらなあかんな”

と真顔で言ったそうです。

 

普通なら驚いたわ~と笑い話ですますかもしれませんが、この伯母の言について、自分を見つめ直す日々が続いております。

 

誰かの言うことは、自分の中にあることです。

そのように受け止めますと、

 

“血のつながるものがいなくなったら寂しくなる”

と思っている私がいるということです。

 

確かに、肉の身の別れについて、私の中に癒しきれてない部分があることは以前から私のなかの深刻な問題として気付いていましたが、今年はその恐れを溶かすことを年頭から促されたのでした。

 

誰かのことばは自分の心の代弁

そのようにうけとっていくことによって、自分の問題に気付き溶かしてゆくことができます。

 

 

以前、この伯母は、私がまだ医局で仕事におわれ忙しくしていた頃

“京ちゃんは仕事で忙しくて子供生む暇もないやろうから、私が代理母になったる”

と、多分70歳前後のころですが、言っておりました。

当時は伯母の若さに驚き、笑い、マジにそう言ってくれたことに感謝しておりましたが、、、

いま振り返りますと、その当時の私の思いの代弁だったのだろうなぁと認めざるおえません^^;

 

左から、父、伯母にだかれた私、母 初宮参り

100周年

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祖父が大阪でアダチ眼科を開業してから、父、私(3代目)になり、100年以上が経ちました。

 

祖父がはじめた年を正確に知るものは今はありませんが、最低105年は経っていることはわかっています。

 

祖父の時代にはあまり眼科はなかったのか、名士といわれるかたも遠くから、人力車で来院したという話や、祖父が当時使用していた持ち手が象牙のメスなども残っています。

 

当時手術をしていたことすら驚きですが、眼球摘出まで外来で行っていたことを母が覚えており、眼科医になってから、全身麻酔でするような手術を外来でしていたこに改めておどろいたのでした。

 

子供の頃から、クリニックにしょっちゅう出入りし、お人形遊びはお人形さんの目に目薬をさすことでしたので、その延長で(笑)眼科医になるのは私にとってはごく自然なことだったかと思います。

 

眼科の血?は祖父→父から受け継ぎましたが、

祖母(多分もっと前の先祖から)→母からは、いつもだれかになにかをあげて喜ばせたい、という血を受け継ぎました。

 

で、“100周年”記念、、、とこじつける?わけですが、、、

 

つづく

 

 


 

 

 

 

 

宣言

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元旦に今年の抱負を考えていたとき、昨年はまもれなかったなぁ、

この一年これをやると決めたことを絶対に守り通するにはどうすればいいだろうか?

と思い、誰かに宣言しておくことを思いつきました。

 

さて、、

絶対に自分が約束をたがえないと思える人は、、?

 

ということで、その方に(勝手に^^;)宣言させていただきました。

 

おかげさまで、まだ、6日とはいえ、たがえることなく、1週間がたとうとしております。

 

今日はもう無理かも、、と思ったときでも、その方には絶対に嘘をつかない、という意志の力がはたらきます。

 

おかげさまで、今年は、決めたことを淡々と守り通すことができそうです。

 

 

 

 

シュトレン

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先日ある会でお昼のお弁当を頂いているとき、私の隣に座った1人の女性が、ご自分で焼かれたというシュトレンをいかがですか?と下さいました。

その時彼女がシュトレンのいわれについてお話してくださいました。とても興味深いお話で、少し自分でも調べてみました。

 

シュトレンという名前はドイツ語で「坑道」を意味しますが、断面が坑道に似た形に作られ、 仕上げに粉砂糖を真っ白くなるまで降りかけると、まるで布にくるまれた幼子イエスのように見えます。

そのことを意識して、キリスト教で 「アドヴェント」  と呼ぶクリスマスイブの4週間前からイブまでの期間に食べるのが正統派ドイツ流 のようです。

『アドヴェント』は、『クリスマス』を迎える心の備えをする期間であり、クリスマス 気分を盛り上げてゆく役割をもっています。

そういえば、12月の1日から25日までのカレンダーで、1日毎に小さな扉がついていて扉をあけるとすこしお菓子が入っている、という子供達がよろこびそうなカレンダーもよくみかけますね。

海外では、クリスマスまでの4週間を楽しみに過ごすすてきなシーズンでもあり、聖なる神の御子の誕生を待ちのぞんできた心が自然によみがえる期間なのかもしれません。

 

私も、今年のクリスマスは、あるセミナーに参加しこれまで以上に特別な日となりました。

イェシュア・べン・ヨセフの御心を感じ、ほかの聖霊がたの氣にもふれる圧倒的な体験は、私を無口にするほどのものでした(→あまりにも素晴らしい体験で、言葉にするよりも、ただただ感じていたい気持ち)

 

その余韻をまだ味わいながら、、、

日本人の意識は、クリスマスよりは。お正月に重きがおかれるとおもおおいますが、お正月は私たちにとって、全てが改まるというような感覚が強い気がします。

 

私も、新しい年、新しい自分に生まれ変わるため、“もちこし”のないよう身辺整理?がにわかに忙しくなってきました(笑)。

 

今年一年大変御世話になりましてありがとうございました。

どうか、良いお年をお迎え下さいませ(^ ^)

 

 

おおみこころで

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今日は平成最後の天皇陛下のお誕生日ですね。

 

 

お誕生日おめでとうございます。

ますますのご健康とご長寿を心からお祈り申し上げます。

いつも私たちをお見守りくださり、この国を、世界を、お支えくださりありがとうございます。

 

会見を拝見し、

陛下の御心にふれ、私たち1人1人もまた、すめらみことさまのようなおおみこころをもって、

このすばらしい日本をそして世界を、それぞれができることをとおして尽くし、支えてゆくことができればなぁと、願うばかりです、、たとえ微力であっても、、、。

 

淡路島に3日間滞在し、イザナギイザナミのみことさまの子孫であることを深く感じ、なおさらそんな想いが強まるのでした。

 

 

福袋

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なんでもいいから、与えられたものは受け取った方がいいのになぁ、、、

 

身近な人を見ていて、そう感じることがあります。

 

この人を通して受け取るのだけはいやだ、、

これは欲しいけど、それはいらない、、

こんな形ではうけとりたくない、、

いまそれ欲しくないんで、、

等々

 

ほら、あげるよって、天が差し出してくれている恩恵を、

“自分の気に入る形でないから”というエゴ~な理由から受け取らない人をみかけますが、

そういう人の経済がスムーズに回っているなぁと思えることは、残念ながらあまりありません。

 

時に天のギフトは、福袋のような感じかもしれませんね。

 

すっごく嬉しい物が入っていたり、

めっちゃお得な“ええもん”も入っているけれど、いらんもんはいってたり、、、

時にはいらんもんばっかりだったり、、、

 

そう感じたとしても、全部が恩恵なのです。

 

自分には、不要と思えるものでも、誰かにあげると、喜ばれたり、役に立ったりするかもしれません。

 

天があなたを通して誰かにあげて、って言っているのかもしれないし、

実はあなたが期待していた物でなくても、実はそちらの方がずっと今のあなたには役にたったり、、、

 

せっかく与えられるものを、受け取りたくないときは、

必ず、『受け取ると不都合な理由』があるはずです。

その理由気付きたくないから、受け取らない、と言う見方もできます。

 

気付かないふりをしないで、ちゃんとみつめて、受け取るのがいいですが、

たとえ、そんなことわからないわ、と思ったとしても、、、

何が何でも、とりあえず、受け取ってみましょう。

 

受け取らないことをし続けてしまいますと、

“あっ、ほんとにいらんのね”って、ついには天恵から遠ざかった人生になってしまいます。

 

あなた(のエゴ)の望み通りの形でなくても、天の与えてくれる物を、ただただ感謝で受け取りつづけていると、自然に豊かさに恵まれてゆくでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

広げて✨✨

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飛行機に乗る時は、富士山🗻が見える側の席をなるべくおさえるようにしています。


富士山側に座った時は、見え始めてから見えなくなるまでずっと富士山から目を離すことなく、刻々と変わる姿に見とれつつ写真におさめたりしています。


たまに、富士山側のお席が取れない時は、たとえ一瞬でも、非常口の小窓から富士山を見に行ったりしています😅


昨日は、富士山側が取れず、しかも非常口の小窓が塞がっている飛行機でした(初)。


さすがに富士山を見ることを断念せざるおえませんでした。


はじめから諦めたことで、いつもと違う側の景色を見るとはなしにずっと見ていましたら、眼に映る美しく広がる空と海にいつしか溶け込み広がっている自分がありました。


視野を広げ、心を開くと、富士山ナンバーワン👆のこだわりも消え、さらに大きく開き広げてゆくことになりました🌏









戸隠

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年に二回、戸隠に来るようになってから14年になりますが、

 

初めて戸隠に滞在した直後に、大きな転機が訪れました。

 

当時大阪で開業しておりましたが、突然東京でも開業することになったのでした。

 

戸隠を訪れると、大小はあれ、必ずなにかしらの変化が起っています。

 

内面の変化が、現実の変化をおこすわけですが、

戸隠は、“濃密な?時間”を過ごせる神域の1つで、

自分のなかの閉ざしている扉がどんどん開かれて

その変化に拍車がかかる場所です。

 

ここを訪れた後、ずっとここにとどまりたいという気持ちが年々増しています。

 

今回は所用あり、いつもより1日滞在が短かったので特に名残惜しい想いがつのってしまいました。

 

またすぐに戻りたいものです。

雪深い戸隠も美しく、凛とさせてくれます。