夏休みであちこち満員みたいですが、デパートのレストランで食事をしていましたら、彦根市のキャラクターが各レストランをまわってました。

 

ひこにゃんではなく、「ひこにゃんの公認ライバル」として活躍中の「わるにゃんこ将軍」でした。

 

初めて目にしたのですが、わるにゃんこ将軍は、ひこにゃんの絵本では、彦根城下でひこにゃんになりすまして、人々を困らせますが、ひこにゃんに正体を見破られて、逃げ出してしまうというお話だそうです。

 

ひこにゃん=「善」

わるにゃんこ将軍=「悪」

という設定のようですが

 

「本当の悪者」ではないようで、本人は「大将軍」のつもりで、悪いヤツ、でも根っこには純粋さがあって、なんだか憎めないというキャラクター設定なんだそうです。

 

「善」対「悪」と言う設定はこの世の中のあらゆるところで目にしますね。

 

でも、このわるにゃんこ将軍の設定のように、「根っこは純粋」っていうことが真実なんだよなぁ、、面白いなぁと思いました。

 

実際は、みな、清らかで純粋な存在、、、それがわかると、「悪」とみる心がなくなり、悪もなくなっていきますね。

 

 

 



 

 

蚊の季節となりました。

 

暑すぎたので、日が沈んでから弓を引きにいきますと、

 

弓を引いている最中に2か所刺されてしまいました。

 

蚊がとまったのがわかっても、弓を引いている最中は抵抗できず、

矢を放った後で、、あ~やっぱりかまれたか、、、と、直後にかゆみが襲ってきた皮膚をみてみますと、結構はれ上がってました。


 

帰り運転しながら、かゆみを我慢できずぼりぼり搔くのがとまりませんでした。

 

虫よけスプレーしてるのに効かなかったなぁ、、、

かゆくしなければいくらでも血くらいあげるのに、、、

まあ、これから蚊も子育てするのに栄養が必要なんだよね、、、

よかったね、少し栄養補給できて、、

ほかの生命のお役に立てたのなら、ありがたいってことにしとくか、、、(笑)

帰宅したら、かゆみ止めでも塗ればおさまるかな、、、などなど思いながら帰宅。

 

家に着いたとたん、遅くなったので慌てて夕食の準備にかかり、かゆみのことは忘れていました。

 

夕食をいただきながら、あれっそういえばかゆみ止めを塗ろうとおもって、刺されたところを見てみますと

あれだけはれ上がっていたのに、掻いてさらにはれ上がっていたのに、、、

刺された跡が、跡形もなく消えていました。

 

どゆこと?ふつうはしばらくかゆいのが続くはずなのに、、、

と不思議に思いましたが、、、

 

蚊を「許し」たから、そして被害者にならなかったから、

その事象は跡形もなく消えてしまったのだなぁ、、、と勝手に納得したのでした。

 

どんな「事象」にたいしても、感謝で受け止めて、一瞬でさっと水にながすことができれば、

その事象は「跡形もなく」消え去ってゆくのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「緑内障だったらぜひ私のかかっている先生に診てもらったほうがよい」というご友人の紹介でこられたAさん。

 

治療を何年もうけているのですが、徐々に進行してきているとのことで、ご自身もその自覚はおありのようでした。

診察の結果、右眼は中期、左眼は末期に近い緑内障でした。

現主治医の先生からは、右はあと十数年は見えているかもしれませんが、左は数年くらいで見えなくなるかも、と言われていました。

70代ですので、まあ自分の寿命を考えたらそれくらいで失明ならまあいいか、、と思っていたとのことでした。

 

「それでいいのですか?ほんとに見えなくなってもいいのですか?」という私の質問に

「先生がそういうのだから、そうなるのでしょ?仕方ないと思っています」と返答。

 

私は、こういう風に医師の言葉を真に受けてしまう人はいったいどれくらいいるのだろう?

と少々驚きました。

 

たとえ、受けいれたくないとおもっていても、そういった「予言」は相手の潜在意識にいちど入り込むと、恐れやあきらめの種として植え付けられ、勝手に成長し、いずれはその通りに実現される場合があります。

 

誰に何を言われようが、たとえそれがどんな権威であろうが、、

決定権はあくまでも自分にある、医者の言った通りではなく、自分の決めた通りになることを強く強くお話しました。

 

また、経緯をお聞きした限り、現在の受けている治療が十分とはいえず、現実的に、専門的にも、失明回避にむけてまだまだ治療変更などたくさんの可能性があることをお話させていただきました。

 

が、すべてが、寝耳に水の感じで、「でも先生が言ったことだから、、」とそちらを受け入れたいようでした。


 

回りから見ますとあまりハッピーではないような選択肢とは、違う選択肢をいつでも選べるということをお知らせすることはできますが、最終的には、失明も、寿命も、不幸な状態も、幸福な状態も、、すべてはご自身の選択とご自身の創造です。

 

本人が本気で選んだ方向へしか、物事は動いていきませんので、時には少々惜しい気持ちになることも否めません。

 

 

そんなとき、でも、そんなときでなくても、いつも、ミラクルが起きることを思いっきり祈っていこうとおもいます。

 

 

 

 

 

 

 

アマゾン、とても便利に利用させていただいています。

 

本日届いた箱には、

 

「つかんでいるのは箱じゃない、幸せかもよ」

 

とかかれていました。

 

この暑い中届けて下さる、配達の人をねぎらう言葉でしょうか?

 

手に取った消費者にむけてのメッセージでしょうか?

 

 

何を手にしているか、、、

 

それを決めるのはまぎれもなく あなた なのです。

 

 

素晴らしいものをつかむのもあなた、、、

 

 

そして、執着を、怒りを、悲しさを、恨みを、、つかむのをやめるのもあなた、、、

 

 

 

次の天皇としてふさわしいのは、、、、

 

今上陛下は国民が納得するような結果を望まれました。

 

でも、国会の決定はそうではなさそうです、、、

 

天意はどうなのか、、、

 

誰がどう思うかは関係なく、天意にかなった流れになってほしいなぁと心から願います。

 

日本国民は遠い昔から天意にかなった生き方ができる民族だったとおもいます、

それを思い出して、その流れにもどってゆけますように、、、

 

 

 

 

 

 

とっても素敵な物に巡り合うことができました。

 

まさに、一目惚れで、、、その物のたぐいまれなる美しさに一瞬で魅了されました。

 

所有するというよりも、これから先一緒に過ごしたい、その氣に触れていたい、愛で続けていたい、そんな気持ちになったのでした。

 

そして、その物は私の手元に来てくれました、、、まだ名前を聞いてませんが、、、

 

その物に、その物の氣に触れていると、、、

その物がこの世に存在してくれることがありがたくて、

私のところへ来てくれたことがありがたくてありがたくて、、、

こんな気持ちを私の中からひきだしてくれたことがまたありがたくて、、

そこからえた気づきで、

これまで出会ったあらゆる物たち、人もあらゆる命たちも、出会うこと自体どれだけありがたいことだったか、ということに改めて気づき、どれだけ感謝が足りなかったかに気づき、

これまで出会ったたくさんの人たち、たくさんのいのちたち、たくさんのものたちに、深い深い感謝が沸き上がってきて涙にむせび、、、、

 

その物が来てくれたことが、こんなにありがたく素晴らしいことだと、また感謝が一層深まり、、、

 

心のさらに奥から愛が沸き上がってきている、というすてきな、「巡り合い」でした。

 

 

 

 


私の背より高く伸びたバラが花を咲かせました😳

 

 

街路樹のスペースに作っている花壇に、白い訪問者が現れました。

 

ふわふわとお花からお花と飛ぶその訪問者(モンシロチョウ)を見ていますと、

なんだかとても嬉しくなりました。

 

人に何かをプレゼントするとき幸せな気持ちになりますが、

外の小鳥達に餌をあげるのも幸せな気持ちになりますが、

直接あげずとも、私が育てたお花の蜜を楽しんでくれている訪問者を見ると、とても幸せな気持ちになります。

 

おいしい蜜の出るお花を絶やさないように育てておくから、また来てね〜🦋🐝

 

 

私たちが日常で出会うすべてのことは、全て自分の創りだしています。

 

そういわれると、嬉しい出来事については素直に喜べますが、

一見受け入れがたいことに対しては、そんなはずはない、、という声が聞こえてきそうですが、、笑

 

でも、本当にそうなのです。

 

先日、友人が人身事故で大幅遅延した新幹線にたまたま乗り合わせていて、その後、家に帰るまでの顛末を聞いたとき、素晴らしいなぁとおもいました。

 

まず、彼女は

とても長い間新幹線に閉じ込められたわけですが、、、あまり周りで文句言っている人はおらず、日本人のすばらしさを称えてきました。

そして、鉄道関係者の真摯な対応、一生懸命働く姿にも感謝があふれたと。

 

幸いその日のうちに無事にたどり着いた駅でしたが、タクシー待ちの長い行列みて2時間待ちは覚悟したけれど、GOのおかげですぐにタクシーに乗ることができたそうです。

 

そして、、、ここからの展開が素晴らしいものでした。

乗ったタクシーの運転手さんは20代で、夢を追って田舎からでてきてきたがなかなかうまくいかずあきらめて、とりあえずタクシー運転手として収入を得ることにし、ある程度お金がたまったら田舎に戻ろうと思っていたらしいのですが、、

その話を聞いた友人は、夢は絶対にあきらめたらあかん!といろいろお話をしてあげたそうです。

その方の親戚からも、夢をあきらめないようにと同じようなことをちょうど言われたところだったらしく、

2人から同じ言葉を聞いたなら、、、やっぱり夢を追い続けてみますと、、再び夢に向かう決意をしたそうです。

そこで、彼女はこう思います、やっぱり起こったことにはなにか意味があったのだと、一人の青年が夢をあきらめるところを変化させたことがうれしかったと、、。

夢をかなえる(まだですが、、、彼はこの日彼女から聞いた言葉を胸の奥にずっとしまい、最後にはきっと夢を叶えると私は信じています、→私も祈ったわ、、、笑)お手伝いをするって素敵なことですよね。

 

その一コマとして自分をそこに存在させる創造をしたのだと私は思いました。

それには、電車の遅延も必要だったのかもしれません。

 

起こったすべてのことに、文句を言わずすべて感謝で受け止めてゆくと、感謝ができるような結果を創り出しますね!

 

全ての出来事を素敵な出来事にできるかどうかは、自分の心の持ち方次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さいころ、ホットケーキを注文すると、かならず母がカットして太陽(ひまわり?)のようにしてくれていました。

 

子供心に、その楽しい形を見ながら、崩しながら食べるのが好きでした。

 

久しぶりに、喫茶店でホットケーキを注文し、母がしてくれたのと同じ形にカットし母とシェアしました。

 

考えてみると、、、これ以外の形に切って食べたことがないような気がしますので、普通はどのようにしてみな食べているのかなぁと疑問が(初めて!)ふとわきましたが、すぐに消えました。

私は、この食べ方が好きなのできっと、これからもこの食べ方で食べると思ったからでした笑

 

おもえば、子供のころ、母はいろんな形で子供たち(いとこたちといっしょに育ったので)を喜ばせてくれました。

 

お雛様のときには、お内裏様とお雛様の形にひなずしをつくってくれたり、しょうぶ湯とか、クリスマスとか、、、

楽しく過ごした思い出がいっぱいです。

 

その全てに深い愛を感じて育った私はとても幸せだったなぁといまさらながらに感謝の気持ちでいっぱいになります。

 

子供の情緒が豊かになるのは、こういった経験の積み重ねもとても役に立っているなぁと思います。

 

少々、昭和な感じですが、、、

 

今なら、、、

ポケモンのお弁当を作ってもらった幼稚園児も、きっと大人になってもそのことを嬉しい記憶として覚えていんだろうなぁと思います。

 

 

 

先日神戸で開催された、いろいろな宝飾品が世界から出展されている展示会に行った時のことでした。

 

あるダイアモンドを扱っているブースで目に留まったダイアを見ていましたら、そこのオーナーさんがとても親切な方で、たくさんのダイアモンドをみせてくださいました。

 

ビヨンセの婚約指輪と同じものがあり、グリーンダイアをピンクダイアで囲った指輪でしたが、、たいへんインパクトがありました(欲しいと思わんかったけど、、笑)

 

なかでも超レアだったのは、11カラットのブルーダイアでした。誰から買ったと思う?と聞かれ、ある要人(めっちゃ有名な方でした)の名前には驚きましたが、その方が逃げる際に売りに出したダイアだそうで、手の平にのせてくださいました。

(次は、宝石コレクターのプーチンが売りに出すのを待っているのだとか、、、)
 

掌にそんな大粒のダイアモンドを置いてくださるなんて、それ自体あり得ないことですが、、、、

手を出してごらんといわれたたとき、そのダイアが要人の波動を持っていたらどうしよう、、と一瞬ためらったのですが、、、

掌のダイアモンドを感じてみますと、、、どこまでも澄んだ透明感があり、たしかにうっすらブルーでしたが、、

すごく純粋で、ピュアな響きを感じました。

フローレスだったからかもしれませんが、まるで水のようで、持ち主の因果の影響なんて寄せ付けない高波動に感じました。

たしかに、持ち主がそのダイアを資産価値として持っていてあまり愛着がなかったのかもしれませんが、

物自体がとても純粋で、人の氣に染まりにくい、ということがあるんだなぁと感じたのでした。

 

私たちも、ピュアであればあるほど、周りの影響に染まりにくくなるのだなぁと、教えてもらったように感じました。