天国への道は人に迷惑をかけない生き方
だいたい週1回のペースでブログを書いているのですが、先週はGWで外出していたため久々にブログをお休みしました。
わたしのブログを楽しみにしてくださっている方がもしいたら、申し訳ありませんでした。
でも、解脱(極楽往生)するための真理を知りたいという目的で読んでくださっている方には、それほど問題はなかったのではないでしょうか。
なぜならば、真理をただしく理解できる人はこれまでのブログを読んでいただいただけで、とっくに悟っているはずですし、逆に『ぜんぶ読んだのに真理ってなんなのかわからない』という方は、これ以上どんなに言葉を尽くしても理解できないからです。
(理解しても体得するためには、時間はかかりますけどね)
多くの宗教がそうであるように秘儀だの奥儀だのともったいをつけて真理をかくしたり、教祖にかしずく人間にしか教えないみたいな、せこいマネはわたしはしていません。
逆にあまりにも軽々しく真理を明かしているため、『ホントなの?』と疑わしく思われている人も多いかもしれません。
ですから、過酷な修行を強いたり、大金を払わせたりした方が、ありがたがってちゃんと真理がつたわるのかな、とも思ったりしてますが、それができるほどこの世の物への執着がありませんからね。
わたしが知るかぎりの真理については、タダですべてお話ししているというわけです。
そしてこのブログは、それを言葉を変えたり、いろいろな宗教や思想の観点から言いかえて説明しているだけなのですね。
ですから、真理をちゃんと理解している人は『何回おなじことを言ってるの?』と思われているんではないでしょうか。
それぐらい、すべてを明かしてしまっているのですが、
『じゃあ、なんでブログを続けているの?』
と疑問をもたれた方もおられるかもしれませんね。
じつは、自分でも絶対にやらなければならない、という理由はありません。
ただ、しいて言うならば【頭の体操】ということはあります。
真理を悟った(体得した)ら病気にもならず、ケガもせず、人智を超えた能力が身につくかのようにかん違いをしている人は多いものです。
これは、○○〇真理教とか、ヨーガのマスターやグルを名乗る人たちが信者獲得やお金儲けのためにうそ八百を並べ立ててきたためですが、実際は悟りと身体能力の向上や超能力開発とはまったく関係ありません。
真理を悟ろうが悟るまいが、人間の身体は年とともに老化していきますし、筋肉はつかわなければ衰えていきます。
頭も同様につかわなければ、相応にボケていくでしょう。
これはこの世の絶対不変の真理、【肉体の真理】のひとつです。
ですから、むしろ真理を悟っていつも幸せの境地にひたっていると、身体を動かしたり、頭をつかったりすることが少なくなってくるので、人よりもはやく衰えてしまう可能性は高くなります。
むかしのインドの高名なヨーガの行者の写真を見ると、40代、50代でも老人のように見える人が多いのは、インドの強烈な日射しにプラスして、そんな理由もあるのです。
もちろん逆に、酒、タバコ、スイーツ、ジャンクフードなど、老化を早めるものを食べる機会は一般の人に比べると極端に少なくなるので、老化速度は不摂生な人と同等レベルなのかもしれませんが。
いずれにしても、この世とあの世とをつらぬく絶対的真理である【霊の真理】とはべつに、生きている以上ある程度は【肉体の真理】も重要になってきます。
なぜならば、身体も動かさず、頭も使わず、ボーっと過ごしながら年老いて、寝たきりになったり、ボケたりして家族やまわりの人間に迷惑をかけながら十年も二十年も生きるとなったら、だれでも心苦しく感じるでしょう。
いくら悟りを得て、どんな境遇にあっても幸せに過ごせるだけの意識を持てたとしても、人に迷惑をかけながらそんな意識をキープできる人はほとんどいないはずです。
もしそれができるとしたら、それは悟った解脱者というよりもサイコパスか、重度の壊れた認知症患者です。
やはり、まともな判断力をもった人間ならば、人に迷惑をかけて平気でいられることはないでしょう。
だからそんな状態になってしまうと、極楽往生できる確率はごくわずかになってしまうのです。
そのため、解脱して極楽往生を願うのであれば、【霊の真理】にしたがうことはもちろん、それにプラスして【肉体の真理】にしたがって心身の状態を良好にたもつ努力も必要なのです。
わたし自身は、もうすでに極楽往生する準備はととのえているので、人に迷惑をかけるような身体になるまえにさっさと行きたいと思ってはいるのですが、いつお呼びがかかるかは『神のみぞ知る』ですからね。
ヘタをすれば、あと年齢の倍ぐらい生きなければならない恐れもあります。
なので、つね日ごろから適度に身体も動かしたり、頭も使ったりしているというわけです。
このブログは、その一環としての頭の体操でもあるのです。
人間の理想的な生き方というのは、
【自分のためにすることが、そのまま人のためにもなっている】
というものです。
わたしにとってこのブログは、そんな理想を体現するツールとなっているので、またボツボツと続けていきたいと思っています。